『抜け殻』
揺れる雑踏の中を歩いていた。連勤続きで歩くのも精一杯だった。ふと立ち止まった道すがら、裏返った蝉がもがいていた。可哀想に、そう思った瞬間、僕の視点と蝉の視点が入れ替わっていた。無論、直ぐにその事実に思い当たったわけではない。自分を見下ろす僕自身の姿。視界の隅に捉える昆虫特有の脚、時間をかけて徐々に現状を認識したわけだ。気持ちを持って行かれた瞬間、意識までも持って行かれたのだ。
僕の新たな視界が捉えた僕自身はやつれ切っていた。ボサボサの髪、よれた服、シワの寄った肌。可哀想に。そう思った瞬間、僕の視界は元の自分のものと入れ替わっていた。夏の暑さが魅せた幻想だったのか。僕は再び雑踏の中へと戻っていった。抜け殻の様な身体を引きずりながら。