【生存ルート:無理ゲー】遭難・ライオン・都市伝説。世界一タフな探検家「リビングストン」のぶっ飛び伝説4選
みなさん、こんにちは!
歴史の教科書を開くと、19世紀の偉大な探検家として必ず名前が挙がる人物がいます。その名も**デイヴィッド・リヴィングストン博士**。
「アフリカ大陸を横断した」「ヴィクトリアの滝を見つけた」なんて綺麗に書かれていますが、実際の彼の旅路は**「よく生きて帰ってこれたな!?」と叫びたくなるような無理ゲーの連続**でした。
聞こえる
今回は、知れば知るほど面白いリビングストン博士のぶっ飛びエピソードを4つ厳選してご紹介します!
## 1. ライオンに噛まれても「痛くねえし」
探検初期の頃、リビングストンは村の家畜を襲うライオンの退治に向かいました。
そこで運悪く、**興奮したライオンにガッツリ噛まれて押し倒されてしまいます。** 肩の骨を噛み砕かれる大怪我を負ったのですが、彼の当時の日記を見てみると……。
「ライオンに噛まれた瞬間、不思議な恐怖や痛みは感じなかった。まるで、ネズミが猫に捕まったときに感じるような、一種の恍惚感があった」
ーメンタルが強すぎるー
彼は生涯この時の古傷(左腕が自由に動かない)を抱えることになりますが、その後も何食わぬ顔で何千キロも歩き続けました。
## 2. 7年間「音信不通」で世界をパニックに陥れる
リビングストンの代名詞といえば、ナイル川の水源を突き止めるための最後の探検です。
この時、彼はなんと**約7年間もヨーロッパ世界と連絡を絶ちました。**
スマホもない時代、大スター探検家の消息不明に世界は大騒ぎ。「ライオンに食べられたのか?」「密林の王になったのか?」と、様々な噂が飛び交いました。あまりの騒ぎっぷりに、アメリカの新聞社が「頼むから彼を探し出して生存を確認してくれ!」と、巨額の予算を投じて捜索隊を結成したほどです。
## 3. 世界一シュールな遭遇シーンと「名言」
そんな世界中の心配をよそに、彼はアフリカの奥地(タンガニーカ湖畔)で**普通に生きていました。**(※体力的にはマラリアなどでボロボロでしたが、精神は健在)。
そこに、ついに執念で彼を見つけた捜索隊のリーダー、スタンリーがやってきます。
何年も白人と会っていなかったリビングストン。さぞかし劇的な再会かと思いきや、スタンリーが帽子を脱いで放った第一声がこちら。
「リビングストン博士でいらっしゃいますね?
(Dr. Livingstone, I presume?)」
お見合いの席かな??
イギリス人特有の「どんな極限状態でも冷静で紳士であれ」というプライドが凝縮されたこのセリフは、イギリスで「分かりきったことを大真面目に聞くときのジョーク」として、今でも語り継がれる伝説の名言になりました。
## 4. 帰る場所は、イギリスではなく……(涙のラスト)
そんなタフすぎる彼も、1873年に現在のザンビアで病に倒れ、ついにその生涯を閉じます。
イギリス政府は「国の英雄だから、遺体をイギリスに連れて帰って国葬にしよう!」と提案しました。しかし、長年彼と一緒に旅をしてきたアフリカ人の相棒たちは、こう言ったのです。
「博士の体はイギリスに返そう。でも、彼の心臓はアフリカのものだ」
なんと彼らは、**リビングストンの心臓だけを取り出し、彼が愛したアフリカの大きな樹の根元に埋めました。** そして、残された遺体に丁寧に防腐処理を施し、なんと**約9ヶ月間、1000キロ以上の道のりを歩いて**海岸の港まで運び、イギリスへ送り届けたのです。
現在、彼の遺体はロンドンのウェストミンスター寺院に眠っていますが、心臓は今もアフリカの大地に眠っています。
## まとめ:ただの冒険家じゃない、愛された男
いかがでしたでしょうか?
ライオンに噛まれてもケロッとしていて、何年も音信不通になる破天荒なリビングストン博士。
しかし彼がここまで現地の人々に愛され、心臓を捧げられたのは、当時の白人探検家に多かった「武力による征服」ではなく、**「対等な人間としての対話」を徹底したから**でした。
ヴィクトリアの滝を訪れる機会があれば、ぜひ「心臓をアフリカに置いていった、世界一タフな紳士」のことを思い出してみてくださいね!