何で小説仕立てにしたんだろう?それが残念でならない。小説仕立てにした事で何か稚拙な印象になってしまってる気がする。
誤解のない様に言っておくけど、本に書かれている事は実践してみたいと思う事が沢山ある。ただこういった本に僕が求めているのは、やり方であり、実証されたデータで、決して作られた物語ではない。小説仕立てにした事で、何か理想的な展開を述べてるだけで、何かな、それで、って思ってしまう。まあ、それは個人的な意見だから、他の人には分かり易くていいのかもしれない。そこは好みの問題かも。
閑話休題。本を読み終え、今日、いや大分前から行こうかどうしようか迷っていたライブに当日券があったので行く事を決意。
そしたらまさかの展開。意気揚々とライブ会場に自転車で向かい。後数百メートルという所で、、、。目の前の信号を渡って、後少し自転車を走らせればと思っていたら、交差点で原付と激突。マジかって感じ。ぶつかったのは若い女の子。身体を起こし振り向いたら彼女も倒れていたけど、こっちに駆け寄って来て、大丈夫か、涙目で聞いて来たけど、正直大丈夫か、どうかは分からなかった。寒くて、身体の感覚が麻痺してるし。で彼女のバイト先の人が来て、取り敢えず病院に行って欲しいとの事だったので、近くの病院へ。ひん曲がった自転車はサヨウナラ。今までありがとう。
そっからが最悪。本読んでイラつくのはよそうって心に誓ってたのに早速、その誓いが破られた。
病院に向かいながら、最悪だってイラついてたけど、それが更に加速させられるた。初め行った病院は診れる医者がいないから、対応出来ないと言われ、代わりに電話番号を渡される。二つ近くの病院の電話番号を聞いて、最初にかけた方の看護婦の対応に相当イラついた。いや、本当に。散々話した挙句、先生空いてないので診れないって、どういう事?初めに先生空いてなかったら意味ないから確認したのに、まず状況を聞かせろって言って、それはないでしょ。兎に角腹が立って、苛立ちをぶつけるが、あっさりかわされる。暖簾に腕押しとは、正にこの事か。多分こんな電話が多いのかな。よっぽど緊急じゃない限り診てもらえないのかな。こっちは本人ただ一人だけど、向こうからしたらその他大勢の一人に過ぎないのかな。苛立ったまま、電話を切って控えていたもう一つの病院に電話。全然対応が違う。色々丁寧に教えてくれたし、何なんだろうな、この差は。教育なのか、人となりなのか?分かんないけど。
その電話の人のおかげで、幾分冷静になれた。身体の部分部分を確かめる余裕も出て来た。多少不安は残ったけど、自転車だけ買って帰る事を決意。うだうだ悩んでも仕方ないし。で、自転車屋で、多分全く同じ自転車を見つけ購入。その時、事故相手の親から電話があり、会う事に。少し立ち話をして、自転車代と病院代(明日行く予定)を出して貰い、話は終わり。
終わってみたら、怪我と引き換えに自転車が新しくなった。ライブは残念だけど、仕方ないか。
正直、事故直後は最悪だって相当イラついてたけど、イラつけるだけマシだったな。幸いそんなに怪我も酷く無さそうだし、相手の女の子も大した怪我はして無さそうだし、下手したらどちらかの人生が終わっていた可能性もあったわけだから。長年僕を支えてくれた自転車とはお別れだけど、少しの怪我(多分)で済んで本当に良かった、そう思おう。本当に下手したらどっちか死んでた可能性だってあったんだから。
僕も不注意だったから、これからはこれを一つの教訓に安全運転を心がけよう。
まだ生きてる事に感謝。