「日本人との議論は無駄だ」・・・ALTEREDSTATES⑨【時事所感146】 | 多事争論(時事所感)

「日本人との議論は無駄だ」・・・ALTEREDSTATES⑨【時事所感146】

米国ホワイトハウスN.S.C.、米国国務省、C.I.A.の内部記録や内部資料を元に、米国外国史専門の米国人学者が書いた書籍「ALTERED STATES」から、
戦後から現在の日本の日米関係の舞台裏、
日本の実質的自主防衛が出来ない理由、
日本が核保有抑止力を議論しない理由等が見えてきます。



話の続き9回目になります。
米国ワシントンD.C.在住の国際政治、金融アナリストの伊藤貫氏のお話です。





(以下、伊藤貫氏)

ここ最近の過去30年間の米国の外交政策をみると、
イスラム教諸国に内政干渉したり、クーデターを起こさせたり、武力介入したりして、
その結果として、米国の大失敗によって何ら罪の無い沢山の民間人が殺されて、
少なくとも300万人以上の何ら罪の無い民間人が死んでいったんです。

イラン、イラク、シリア、レバノン、リビア、イエメン、パレスチナ、それにアフガニスタン、
挙げたらきりが無い、こんなことを永遠にずうっと繰り返しているんです。

全く反省が無いんです。

全く反省していないから、同じことをずうっと繰り返して、
その結果少なくとも300万人以上という沢山の民間人が死んでいっているんです。

だから、中国人が数千発核弾頭を増産保有し続けても、
ロシア人が数千発核弾頭を保有していても、
朝鮮人が数百発核弾頭を増産保有し続けていても、
日本人にだけは絶対に核保有はさせない、
という冷酷で不条理で不正な政策を日本に平気で押し付けてくるんです。

こういうことを平気でやる民主党系に比べれば、
僕は必ずしも共和党支持者というわけでないけれども、
そんな民主党と比べれば、民主党系の政治家達に比べれば、まだ共和党の政治家達のほうがマシだとは言えますよね。



ニクソンは少なくとも1967年から1971年7月までは、
日本に核を持たせたほうが良いと言っているんです。
ニクソンは大統領選挙に勝つ前から言っていたんです。

キッシンジャーも日本の核保有や自主防衛強化を認めていて、
ニクソンの下で働いている1969年1月から1971年10月までは、キッシンジャーも日本に核を持たせたほうが良いと言っていたんです。


写真左からキッシンジャー、周恩来、毛沢東



但し問題なのは、ニクソンやキッシンジャーが長い間何度も日本の核保有の必要性を説得しても、日本の政治家、外務省や防衛省官僚、自衛隊幹部らは理解出来なかった、
当時その下で働いていたキッシンジャーは当時の部下に、「一般の日本人、日本外務省官僚について」をこう言っているんです。

「日本人と話をするのは凄く難しい」

「日本人と話があわない」

と言っているんです。


Japanese are not conceptual.

They lack long-term vision.

They said prosaic ,are  so obtuse and not worthy my sustained attention. 

日本人にはコンセプトが無い、
これを説明しますと、僕が常々言い続けていることで、
思考には三つの段階があって、
最も上にフィロソフィカルレベルの議論があって、
次の段階にあたる下のパラダイムレベルの議論、
最も下にポリシーレベルの議論があるんです。

フィロソフィカルレベル、哲学的レベルの議論が先ずあって、
その次にパラダイムレベルの議論、
政治学、経済学、国際政治とか、あと外交史や核戦略理論においてもいろいろな学派や理論があるでしょ?
これがパラダイムレベルの議論にあたります。
そして次の三つ目に政策レベルにあたるポリシーレベルの議論があるわけです。

①フィロソフィカルレベル
    ↓
②パラダイムレベル
    ↓
③ポリシーレベル

物事の思考についてはこの三つの段階、レベルがあるんです。

キッシンジャーだけでなく僕もいつも感じているんですが、
日本、日本人の議論を見ていると、日本人には「フィロソフィカルレベルの議論」「パラダイムレベルの議論」が無くて、
「ポリシーレベルの議論」ばかりを日本人はいつもやっていて、其ればかり繰り返しているんです。

「損か得か」という目先だけの損得勘定、
目先だけの短期的な視野での議論、
「好きか嫌いか」という「受け入れられるか否か」という情緒的な議論、
感情的議論ですね。
こうした短期的なポリシーレベルの議論ばかりを日本人がずっと繰り返していて、
コンセプチャルな議論や話が日本人には出てこない。

だからキッシンジャーは、

Japanese are not conceptual 

と日本人を表現しているんです。

 次にキッシンジャーは、

lack long-term vision

日本人は長期的視野が欠落している、長期的展望や観点を持ち合わせていない、と。

僕は常日頃言っているように、
このままでは近い将来の日本はとんでもないことになるぞ、と言っているんです。
こんなこと続けていたら日本は酷いことになる、
このまま放っておくと10年後の日本は潰れるぞ、と。
僕は少なくとも6~8年後、10年~12年後の日本の将来を、日本の立場がどんどん悪くなっていく一方だと言い続けていて、
僕は少なくとも10年後とかの日本のことを考えているんです。

ところが日本の外務省官僚、防衛省の官僚、自衛隊幹部ら、それから自民党議員、彼らは10年後の日本のことなんて一つも考えていないんです。

だからキッシンジャーは
They lack long-term vision
と言っているんです。

prosaicというのは、チマチマとしたつまらない話を延々と口にする行為で、
日本の言論人も専門家も政治家らもチマチマしたつまらない話を長々と喋っていて、
はっきり言って退屈なんです。
ああいうのをprosaicプロザイクと言うんです。

obtuseというのは頭の回転が悪くて鈍い、鈍感って意味合いで、頭の回転が遅くて反応が鈍い様子、
つまりキッシンジャーは「日本人はチマチマしたつまらない話を延々と喋って」いて、話をしても理解能力に乏しくて、理解を示さない、反応しない、日本人は鈍感、と表現しているんです。

これも(正解)当たってますね。

次にキッシンジャーは日本人のことを、
they are not worthy my sustained attention

worthyは価値があるという意味で、
not worthy 価値が無いと。
my sustained attention
意識や関心を彼ら日本人に寄せる行為を維持する価値は無い、と。
 
つまり、日本人と議論や話をしても、
いつもつまらない話ばかりしていて、
日本人と話をしても面白くない(関心や興味が湧かない)。
はっきり言ってしまえば、
そんな日本人とは話をしたくない、
日本人とは会いたくない、
日本人と議論しても無駄だ、と言っているんです。

このキッシンジャーの言っていることが正しかったことが2年半後に明らかになります。

2年半に渡って日本の佐藤栄作や岸、池田や外務省、防衛省官僚や自衛隊幹部らに核保有抑止力や自主防衛を説得し続けても、結局日本側、日本人はそれを理解出来なかったわけです。


 左からニクソン、キッシンジャー




因みに僕が思うに、日本が今から核保有しなかったら、皆さん物凄く後悔しますよ。
2030年頃には皆さん物凄く後悔することになるでしょう。




このキッシンジャーの指摘している話が正しかったということが、この2~3年後に明らかになります。

1969年、キッシンジャーは部下の モート・ハルペリン、ロジャー・モリスに、
「歴史的にみて日本は核を持たざるを得ない境遇に置かれている」
と言っています。
1969年に既にキッシンジャーは言っているんです。

ところがこの後、リチャード・スナイダーという日本駐在の米国大使館内の大使の下のNO.2の日本担当官は、
慌てて日本の外務省官僚に宛てて、

「ニクソンの日本核保有への理解は誤解である」
と言っています。
misunderstood Nixon,s remark

米国政府は日本の核保有について理解していると言っているが、ニクソン政権の言っていたことは本来の意味合いとは異なり、日本は誤解している、
と日本の外務省と首相官邸に言っています。

あれは間違い、誤解である、と米国大使館が訂正して取り繕うと、
日本の政治家や外務省官僚たちは、「はい、わかりました」で終わらせたんです。

吉田茂の「属国主義」吉田路線をそのまま鵜呑みにして続けている日本の政治家達、外務省や防衛省官僚らは、自分達で何も考えていないから、そのまま「はい、そうですか」でお終いなんです。






ニクソンやキッシンジャーは国際社会、外交政策について確かなプラン、しっかりとした国際政治のビジョン、
そうした考えを持っていたんです。

日本に軍国主義を奨励するとか、日本を暴走させたいとか、そんな話ではないんです。

国際政治、外交政策の観点からして、
特に17世紀から19世紀の国際政治に精通されておられる方々は既に御存知だと思います、国際政治におけるはっきりとしたビジョンをニクソンやキッシンジャーは持っていたんです。





(続)