『私とは「私」と「私の環境」である』 【時事所感69】
「ニュースや新聞など難しいこと、ややこしく複雑なことは分からない、関心が無い」
しかし、自分自身についてはとても関心がある人は多い。殆どの人はそうなのではないでしょうか?
けれども、考え方や見方をかえれば、
関心や興味が湧くものです。
今回敢えてお話ししたいのは、
「私とは?」
「自分とは?」
です。
ここであげる「自分とは~」は哲学としての思索ではありません。
『私自身とは「私」と「私の環境」である』
『もしこの環境を救わなければ、私を救うことも出来ない』
この言葉、世界的に著名な哲学思想家オルテガの言葉です。
※ホセ・オルテガ・イ・ガセット(Jose=Ortega=y=Gasset)
スペイン。世界的に有名な思想家。祖父はスペインの新聞社の社主、父は高名なジャーナリストというジャーナリズムの家系。
大学では生体、歴史、政治を学び、27歳の若さで大学教授。
主著に「大衆の反逆」「ドン・キホーテをめぐる思索」など。
私とは何か?
自身の成り立ちを考えると、
その場所や環境、時代など自らの選択ではないものに多大な影響を受けて、
自らが成り立っている。
私自身を具体例であげれば、
古くから続く武家の父と
商家の母との間に生を受け、
日本の大阪で生まれ育ち、
大阪と東京で学問し、
東京で新聞社やテレビ局で仕事に就き、
退社した後、故郷大阪に帰り、現在に至ります。
国や出身地を選ぶことも、
親を選ぶことも、
生まれる時代を選ぶこともない。
自らが選んだわけではないものに多大な影響を受けているわけです。
しかしながら自分自身を取り巻く環境を救うことが出来なければ、
自分自身がその環境に影響を受けるが故に自らを救うことも出来ない。
分かり易く例えば、
自身の国や社会が抱える問題、
勤めている仕事先の問題、
収入や家庭の家計、
子供達への教育や子育て環境、
自らの将来、
健康や医療、
老後生活、
・・・etc.
これらを考えれば、直接的であれ間接的であれ、自身に影響が及ぶことを思えば、
自ずと関心を持たざるを得ない。
日頃から少しずつでも関心を寄せれば、
それが積み木のように積み上がり、
新しい発見や知識も増えていくわけです。
難しい事柄や専門的分野も少しずつ見識が積み上がる分、
「私」と「私の環境」を救うことが出来るのではないでしょうか。
