己の自戒の意味も込めて。備忘録的な記事です(^^ゞ




大昔、私がガキの頃に見てたTVドラマで、


今でも妙に心に残ってる台詞があるんすよね。


世代がバレそうですが金八先生の第二シリーズだったかな、


他校に乗り込んで警察沙汰を起こした生徒達、


みたいな回があって、その時の警察署での金八先生の叫び...


金八「彼等はまだ未熟なんです、だから間違うんです、

  間違えたら繰り返し繰り返し『それは間違いだ』と教えてやる、

  それが教育なんです」



・・・今迄社会人として生きてきた中で、幾人か、


恩師と呼べる人物がこんな私にも存在しますが、


彼等一人一人見ると、タイプはまーこれでもかって位


全然違うんですよね。でも、今振り返るに、


一つ根っこの部分で通じるモンがあるな、と思えるのが、


前述の台詞の内容だったりするんですよ。



学生時代は勿論の事、社会に出てからも長い間、


私は未熟者でした。いや、今でもまだまだ未熟やなぁ...


まあでもそこは向上心と置き換え可能、としときましょか、


話が進まないから(^^ゞ


もとい、チャンスになったら現れてピンチになったら去って行くよな、


言い逃れ過多で自分勝手、頑固で同じよな過ちを何度も繰り返す、


そりゃま~絵に書いたよな未熟者でしたわ(^^ゞ



そんな私を、


ある恩師は、都度つど厳しく叱ってくれましたし、


またある恩師は、冷たくぶっきらぼうに諭しつつも


粘り強くフォローを入れてくれました。等など...


接し方はそれぞれ違えど、共通しているのは、


長い時間粘り強く私と接してくれた事、ですかね。



そしてもう一つ不思議な共通点が。


よく言われそうな言葉、例えば、


「同じ事を何度も言わせるなっ!」とか、


「誰々に比べて覚えが悪いなっ!」とか、


「これ位知ってるのが常識だろがっ!」とか。


これらを恩師達から言われた事が無いんですわ。


感情むき出しに叱りまくる恩人からですら、


この手の言葉達は聞いた事が無い・・・



他人に知恵を継ぐ、人を育てる、


その極意、までは言い過ぎかな?まあ重要な要素を、


心得ておられたのでしょな。


勿論、この発してはならない言葉達は、


今の自身の大切な心得事にもなってますが、、、


余り頭に血が昇るとポロッと出そうになっちまうし(^^ゞ


口から出てしまえば必ず後悔するってのにねぇ。


この辺りが、まだまだ未熟ってヤツですか(-_-;)




さて、恩師や先人達、まあ反面教師の方々も含めますかねw


受けた教えを踏まえた上で、以下今の私の考え方です。



まず前提条件。


未熟さに、本来年齢も立場もへったくれも無いっすわな。


つまり、この歳だから成熟してなきゃおかしいだとか、


この地位に就いているから成熟しとる筈だとか・・・


んな杓子定規なモンじゃねぇだろがよ、


そーんな簡単なモンと違うだろーがよ、と思いますわ。



簡単では無く、単純に考えて、と。


道があるとして。


その道に初めて入り込んだ人が居た場合、


その人は通常、未熟ですわな。


逃げ出さず、立ち止まらず、一歩一歩、


その道を先に進んだ分だけ、熟してくものでしょ。


無論例外もありますよ、例えば、


似たような道を通った経験を持つ者なら、


進み方の推測位出来るでしょうし。


その者のうち、多種多様な道を通った経験を持つ者なら、


新しい進み方も心得てるかも知れない。


そんな人達は駆け足でホイホイ進んでって、


あっと言う間に熟してしまうってなモンです。



ともあれ、道を知る者、道の先を行く者、


彼等が後から来る者達を導く事が出来る訳ですが、


導く者には先へ導く義務と共に歩むための全責任、


さらに次の先導者を育てる責任が発生しますし、


導かれる者にも、共に歩むための責任の一端が


割り振られますわな。


で、導かれる者は割り振られた責任の切れ端を手にする訳ですが...



ここで、あの台詞を繰り返す事になりますね(^^ゞ



導かれる者が未熟であれば、果然、何度でも間違えます。


間違えたらその都度、それはこうすべきだ、と、


繰り返し繰り返し、身に付くまで、導く事。


時にきつく叱ろうが、黙って行動で示そうが、


自分が先人達から授かってきた、そして己で培ってきた、


正しいと信じる道に、根気良く粘り強く導く事。


これこそが「育てること」である、と。



育てる言う思いが本物であれば、余程の事が無い限り、


時間が掛かろうと、何かが伝わるものですわな。


勿論ネガティヴな要素でなければですけど、


仮に伝わったモノが、己の信じた道そのものでは


無かったとしても、それはそれで喜ぶべきだと思ってますよ。


自分には想定し得なかった全く新しい道を、


切り開こうとしてるのかも知れない...


そう考えれば、嬉しいモンじゃないですか(^^ゞ




・・・今の私は、授かったものや培ったものを糧に、


新しいけど懐かしい道を拓こうとしています、が...


これ失敗したら、流石に恩師や先人達に顔向け出来んなぁ(^^ゞ


ま、キバッて行きますかね!