かわぞうの小説集「官能小説・ひとりごと・etc」 -209ページ目

官能小説「放課後の夜」二十六

勢い込んだ良雄だったが、そこでハッとする。

唇…キス…その行為に、どれだけ憧れたことだろう。

唇を重ね、互いの舌を、唾液を絡ませて二人は甘く溶け合うのだ。

瞬時のうちに、良雄はいつか美術室で盗み見た本の中の、ムンクのあの絵を思い出した。

それは裸の男女が暗い部屋の窓際で抱き合いながら口づけをしている絵で、意図的にぼかされた二人の口元は線を無くして男女の境界を消し、濃密に交わっていた。


「 接吻 」

暖かな雨が降っていた

私は抱きしめた

彼女の腰を-彼女は従う

ゆっくりと

大きな2つの目を

私の目に向け-濡れた頬を私の頬によせ

私の唇が彼女の唇に沈んだ

樹々と大気と

大地のすべてが消えた

そして私はのぞいた

新しい世界を-今まで全く知らなかった世界を

[ムンクのノートより]

良雄は絵になど全く興味はないし、何が良くて何が悪いかわかるはずもないのだが、あの官能的な絵だけは強く印象に残っている。

(先生…)

良雄は怯んだ。あの絵と今の現実との、あまりにも大きな乖離に。

何もかも未経験だったことも強く影響していたであろう。

けれども極限まで昂った神経が、興奮が、焦りが、全身の血を沸騰させ、さらなる行動を促す。

そこで良雄は思いきり目を閉じた。何かを念じるように。自分の中の何かを殺すように。

「 波川…くん…? 」

良雄の異変に気づいて、奈津子がその表情をうかがう。

その時、今まで奈津子の体に食い込むように締め付けられていた良雄の両腕が、ふっと緩んだ。

良雄がゆっくり目をあける。

二人、黙ったまま、静かに向き合う。

良雄は何かを伝えるように奈津子の目を見つめ、奈津子は探るように良雄の目を見る。

「 波川くん… 」

良雄は奈津子の肩にそっと手を置いた。さっきまでの荒々しさはどこかに消え去っていた。

そして、自分から一歩前に出ると、スッと顔に顔を近づけ…

「 んんっ… 」

良雄は生まれて初めて女と、奈津子とキスをしていた。








※「接吻」の詩は西村書店・アートライブラリー「ムンク」の中にある佐藤幸宏さんの訳文を引用したものです。