読書感想「利休にたずねよ」山本兼一
面白かったですね~これは。
「悼む人」は、前にも書いたように僕には合わなかった。今振り返ってみても、思春期の少年が死について過剰に熱くなって話しているような痛々しさを感じてしまう。
でも、あれも直木賞なんだから、やっぱり僕みたいな意見は極めて少数派ってことになるんですかね…。
みんな言わないだけじゃないの!?
まあ、それについてはこれくらいにしておきましょう。
「利休にたずねよ」…。
茶人という枠に収まりきれない茶人の話。
茶の道に、美しいものに魅入られた男。
体の大きい利休は、己の存在を少しでも小さく見せるために常日頃から身を屈めて歩いていたという。
それも、茶の道のたしなみの一つということか。
しかし、そこまで茶道に没入し、一人の茶人として生き抜く覚悟を決めている割には、頼まれもしないのに時々秀吉に政治や戦略のアドバイスをちょこちょこしている。
もちろん頼まれて言うことのほうが多かったんでしょうけど。
でも、なんであんなにでしゃばるかなあ。秀吉の性格をわかっているなら、ああいう結末だって考えられないことはなかっただろうに。
あの利休の木像の件だって、利休ほどの人だったら秀吉や三成がどう思うか前もってわかるはずでしょう。
いろいろ危険な芽を摘み取りながら、茶道のことしかわからない男、みたいな感じで通すのは無理だったのだろうか。
徳川家康は秀吉との距離の置き方をよくわかっていました。坂口安吾の言葉を借りるなら「親しんでなれず」ということ。
自らの才覚を惜しげもなく見せつければ、秀吉はその者を恐れ、嫉妬し、いつの日か必ずや潰してやろうと決意を固める。
家康は、自分の才覚を発揮するのは秀吉が死んでからだと固く決めていました。そして、その時をじっと待っていました。(まあ時々くだらないことで意地になることもあったらしいが。)
もし、家康が利休の立場になったら、秀吉に「ただひとこと謝れ、さすれば許してつかわす。」という言葉を聞いた途端に平気で頭を下げて謝り、切腹を免れて秀吉のいないところで己の茶道を得々として楽しんだのではないか。
生きてこその茶道、でしょう。違うんでしょうかね…。
話として聞くぶんには、利休の生き方はかっこいいですよ。
でも、まあこれは小説の中の話で、実際はどうだったかは知りませんけど、彼はすごく怒ってましたよね?恨んでましたよね?秀吉のことを。(いや、実際、利休は悔しがっていたと思う。)
それがどうも引っかかるんだよなあ…美しいもののために死ぬなら、「ふん、高尚な茶人、猿に殺されるか。それもまた一興。」なんて一笑いして死んでいくみたいなのはダメですか?
ああ、もう書くの疲れた。このへんで。なんだかんだ言いましたけど、この小説は間違いなく面白いと思います。こんなまとめでいいかな?(笑)
「悼む人」は、前にも書いたように僕には合わなかった。今振り返ってみても、思春期の少年が死について過剰に熱くなって話しているような痛々しさを感じてしまう。
でも、あれも直木賞なんだから、やっぱり僕みたいな意見は極めて少数派ってことになるんですかね…。
みんな言わないだけじゃないの!?
まあ、それについてはこれくらいにしておきましょう。
「利休にたずねよ」…。
茶人という枠に収まりきれない茶人の話。
茶の道に、美しいものに魅入られた男。
体の大きい利休は、己の存在を少しでも小さく見せるために常日頃から身を屈めて歩いていたという。
それも、茶の道のたしなみの一つということか。
しかし、そこまで茶道に没入し、一人の茶人として生き抜く覚悟を決めている割には、頼まれもしないのに時々秀吉に政治や戦略のアドバイスをちょこちょこしている。
もちろん頼まれて言うことのほうが多かったんでしょうけど。
でも、なんであんなにでしゃばるかなあ。秀吉の性格をわかっているなら、ああいう結末だって考えられないことはなかっただろうに。
あの利休の木像の件だって、利休ほどの人だったら秀吉や三成がどう思うか前もってわかるはずでしょう。
いろいろ危険な芽を摘み取りながら、茶道のことしかわからない男、みたいな感じで通すのは無理だったのだろうか。
徳川家康は秀吉との距離の置き方をよくわかっていました。坂口安吾の言葉を借りるなら「親しんでなれず」ということ。
自らの才覚を惜しげもなく見せつければ、秀吉はその者を恐れ、嫉妬し、いつの日か必ずや潰してやろうと決意を固める。
家康は、自分の才覚を発揮するのは秀吉が死んでからだと固く決めていました。そして、その時をじっと待っていました。(まあ時々くだらないことで意地になることもあったらしいが。)
もし、家康が利休の立場になったら、秀吉に「ただひとこと謝れ、さすれば許してつかわす。」という言葉を聞いた途端に平気で頭を下げて謝り、切腹を免れて秀吉のいないところで己の茶道を得々として楽しんだのではないか。
生きてこその茶道、でしょう。違うんでしょうかね…。
話として聞くぶんには、利休の生き方はかっこいいですよ。
でも、まあこれは小説の中の話で、実際はどうだったかは知りませんけど、彼はすごく怒ってましたよね?恨んでましたよね?秀吉のことを。(いや、実際、利休は悔しがっていたと思う。)
それがどうも引っかかるんだよなあ…美しいもののために死ぬなら、「ふん、高尚な茶人、猿に殺されるか。それもまた一興。」なんて一笑いして死んでいくみたいなのはダメですか?
ああ、もう書くの疲れた。このへんで。なんだかんだ言いましたけど、この小説は間違いなく面白いと思います。こんなまとめでいいかな?(笑)