「ソープの女~美沙~」四
ジメジメした湿気と、ただれた感情と、いびつな欲望が絡み合って不快な空気に満ち満ちている部屋の中に、美沙の吐き出した煙が揺れ、溶けて消えてゆく。
客は気持ちを切り替えたのか、美沙にいろいろと質問し始めた。
「ここって写真指名とかないの?」
「ありますよ。ボーイに言えば見せてくれるんで。」
「あっ、ボーイに言わなきゃダメなんだ?写真見せてくれって?」
「そうですね~。」
「そうなんだ。知らなかったな~。」
「もう少し早く言ってくれれば、戻って見てもらってもよかったんですけどね。」
美沙はそう言って、複雑な笑みを浮かべる。おそらく客は、何も知らずにフリーで来て美沙に当たったことを後悔しているのだろう。
だが、もう遅い。
(さっき、あんたはエレベーターの中であたしの体を触ったんだからね…もうチェンジだのキャンセルだの受け入れられないんだよ。タダで触らせる体なんてないんだから。)
客は心なしか少し肩を落とし、フゥッと息を吐いた。
「お姉さんは何歳なの?」
客がなおも質問する。
「26歳ですよ。」
美沙はあっけらかんと答えたが、それはウソで、本当はもう30歳である。もっとも、これくらいのサバ読みはこの業界では当たり前で、美沙も心の中ではそんなもん知らねえほうがバカだと不貞不貞しく居直っている。
「こういう仕事してるってことはさあ…やっぱり、なんかワケ有りだから?」
客が好奇の目を輝かせて美沙に聞く。
「そうですね…。」
美沙はまた煙を吐き、忙しない手つきでタバコの火を灰皿でもみ消しながら、つぶやくように言う。
確かにワケはあった。数年前までは。父が競馬やパチスロでつくった借金を美沙が体を張って返してきたのだ。父は偽の会社を起こすまでして多額の金を借りていた。かなり危険な業者にも借りていた。母は何も知らなかったようで、絶望し、ただただ途方に暮れていた。
土木関係の仕事を、短いスパンで働いては辞めてを繰り返していた父に、返済能力はほとんどなかった。
初めて会った瞬間にそのスジの者だとわかる男達に囲まれ、「美沙、頼む…。」と、泣きながら土下座した父の姿を美沙は忘れていない。
当時、美沙はまだ10代だった。
しかし、父が今どこでどうしているのかは知らない。美沙が体を売り始めて間もなく、蒸発したのだ。名も知らぬフィリピン女と一緒に。返し始めたばかりの借金をなすりつけるような形で。
母はそれ以来、精神と体の両方を常に病むようになった。世に出て働ける状態ではなくなってしまった。
借金と、どこかおかしくなってしまった母の世話と、接客ですり減らした自らの神経を引きずって、美沙は生活していた。
それから10年近く経って借金もようやく返し終えようかという頃に、母は静かに息を引き取った。
失われた10年、失望、不信感、消えない傷…その後、借金を全て返し終えても美沙の心が清算されることはなかった。
もう美沙はこの世界に、どっぷりと浸かってしまっていたのだ。一度だけ綺麗さっぱりと足を洗おうと思って堅気の仕事に就いたこともあったが、周りの人々に対する違和感はひどいものだった。住んでいる世界がまるで違うような気がした。それに、生活水準を落とすことにも耐えられなかった。
いたたまれない思いで、すぐにその仕事を辞め、前にいた店とは違う店で再びソープの女になった。
この世界に戻ってからも、客ともめたり、店ともめたりで色々あった。そのせいで店から店への移籍を繰り返し、流れつくようにして今の店に来た。
(ワケか…。)
美沙は意味ありげな笑みを浮かべる。
「ねえ、どんなワケがあるの?やっぱり、エッチが好きだからってのもあるんじゃない?」
客のニヤついた顔に、タバコの灰をぶっかけてやりたいところだったが、もちろん実行はしない。
金だ。金を稼がなければならない。それがどんな形で得たものでも、消えない傷の痛みをやわらげるために、美沙にはどうしても金が必要なのだ。
「まあ、こういう所で働いてる女の子は色々あると思いますよ。」
客の期待を適当に受け流し、美沙は立ち上がる。
「色々ねえ…」
なおも何か問いたげに客が言う。
美沙はそれを振り切るように、
「じゃあ、体を洗いましょうか。全部脱いじゃいましょうね。」
と言って恥じらいもなく衣装を素早く脱ぎ、全裸になってシャワーへ向かっていった。
客は気持ちを切り替えたのか、美沙にいろいろと質問し始めた。
「ここって写真指名とかないの?」
「ありますよ。ボーイに言えば見せてくれるんで。」
「あっ、ボーイに言わなきゃダメなんだ?写真見せてくれって?」
「そうですね~。」
「そうなんだ。知らなかったな~。」
「もう少し早く言ってくれれば、戻って見てもらってもよかったんですけどね。」
美沙はそう言って、複雑な笑みを浮かべる。おそらく客は、何も知らずにフリーで来て美沙に当たったことを後悔しているのだろう。
だが、もう遅い。
(さっき、あんたはエレベーターの中であたしの体を触ったんだからね…もうチェンジだのキャンセルだの受け入れられないんだよ。タダで触らせる体なんてないんだから。)
客は心なしか少し肩を落とし、フゥッと息を吐いた。
「お姉さんは何歳なの?」
客がなおも質問する。
「26歳ですよ。」
美沙はあっけらかんと答えたが、それはウソで、本当はもう30歳である。もっとも、これくらいのサバ読みはこの業界では当たり前で、美沙も心の中ではそんなもん知らねえほうがバカだと不貞不貞しく居直っている。
「こういう仕事してるってことはさあ…やっぱり、なんかワケ有りだから?」
客が好奇の目を輝かせて美沙に聞く。
「そうですね…。」
美沙はまた煙を吐き、忙しない手つきでタバコの火を灰皿でもみ消しながら、つぶやくように言う。
確かにワケはあった。数年前までは。父が競馬やパチスロでつくった借金を美沙が体を張って返してきたのだ。父は偽の会社を起こすまでして多額の金を借りていた。かなり危険な業者にも借りていた。母は何も知らなかったようで、絶望し、ただただ途方に暮れていた。
土木関係の仕事を、短いスパンで働いては辞めてを繰り返していた父に、返済能力はほとんどなかった。
初めて会った瞬間にそのスジの者だとわかる男達に囲まれ、「美沙、頼む…。」と、泣きながら土下座した父の姿を美沙は忘れていない。
当時、美沙はまだ10代だった。
しかし、父が今どこでどうしているのかは知らない。美沙が体を売り始めて間もなく、蒸発したのだ。名も知らぬフィリピン女と一緒に。返し始めたばかりの借金をなすりつけるような形で。
母はそれ以来、精神と体の両方を常に病むようになった。世に出て働ける状態ではなくなってしまった。
借金と、どこかおかしくなってしまった母の世話と、接客ですり減らした自らの神経を引きずって、美沙は生活していた。
それから10年近く経って借金もようやく返し終えようかという頃に、母は静かに息を引き取った。
失われた10年、失望、不信感、消えない傷…その後、借金を全て返し終えても美沙の心が清算されることはなかった。
もう美沙はこの世界に、どっぷりと浸かってしまっていたのだ。一度だけ綺麗さっぱりと足を洗おうと思って堅気の仕事に就いたこともあったが、周りの人々に対する違和感はひどいものだった。住んでいる世界がまるで違うような気がした。それに、生活水準を落とすことにも耐えられなかった。
いたたまれない思いで、すぐにその仕事を辞め、前にいた店とは違う店で再びソープの女になった。
この世界に戻ってからも、客ともめたり、店ともめたりで色々あった。そのせいで店から店への移籍を繰り返し、流れつくようにして今の店に来た。
(ワケか…。)
美沙は意味ありげな笑みを浮かべる。
「ねえ、どんなワケがあるの?やっぱり、エッチが好きだからってのもあるんじゃない?」
客のニヤついた顔に、タバコの灰をぶっかけてやりたいところだったが、もちろん実行はしない。
金だ。金を稼がなければならない。それがどんな形で得たものでも、消えない傷の痛みをやわらげるために、美沙にはどうしても金が必要なのだ。
「まあ、こういう所で働いてる女の子は色々あると思いますよ。」
客の期待を適当に受け流し、美沙は立ち上がる。
「色々ねえ…」
なおも何か問いたげに客が言う。
美沙はそれを振り切るように、
「じゃあ、体を洗いましょうか。全部脱いじゃいましょうね。」
と言って恥じらいもなく衣装を素早く脱ぎ、全裸になってシャワーへ向かっていった。