官能小説「放課後の夜~奈津子~」八十六 | かわぞうの小説集「官能小説・ひとりごと・etc」

官能小説「放課後の夜~奈津子~」八十六

風呂上がりは忙しい。


バスタオルで素早く体を拭き、髪を拭き、いつものピンクのローブを羽織り、髪を上げて専用の別のタオルを頭に巻きつける。


早足で歩き出し、夫と息子がテレビに見入っている居間を横目に寝室に入る。


鏡台の前に座る。


息つく暇もなく、化粧水、乳液、クリームの順に手馴れた手つきで顔に塗っていく。


人間の肌は風呂から上がってしばらくすると凄い勢いで乾燥していくらしい。奈津子は数年前にその話を聞いて以来、まるで強迫観念に憑りつかれたようにこのルーチンワークを毎日続けてきた。


いつまでも若々しくありたい。「女」でありたい。


もう37歳になって目元に多少の小皺が寄っているのが気になるが、肌に張りはあるし、まだ自分は女として通用する、大丈夫だと秘かに自信を持っている。


もっとも、教え子である中学生に求められるとは夢にも思っていなかったが。


一通りの作業を終え、頬を軽く手のひらで叩き、一息つく。


良雄のことを想う。


…初めてあのホテルで良雄と結ばれてから、毎週土曜日の夜に逢うようになってしまった。


夫には友達が離婚したがっていてその相談ついでに食事をしてくると言っている。


夫が怪しむ様子はない。いや、それ以前に関心がないのか。


仲が悪いわけではないが、もう男と女の間柄ではないのは確かだろう。


(まあ、どっちでもいいけどね…。)


それに比べて、良雄の若い勢いに任せた熱意はすごい。


逢えば一度だけにとどまらず、二度三度と奈津子の体を求めてくる。


「好きだ」「色っぽい」「最高だ」などと、盛んに愛の言葉を囁いてくる。


それらは全て使い古された陳腐な言葉だが、良雄が言うと嘘臭く聞こえない。確かな熱意がこもっているからだ。


さらに良雄は、奈津子ともっと頻繁に逢いたいと言う。泊まって一緒に朝を迎えたいと言う。


自分を必要としてくれるのは嬉しい。が、その願いを叶えてあげることはできない。


絶対に、だ。


(私には帰らなければならないところがある…。)


奈津子ははっきりとは言わずにやんわりと断りながらも、良雄の想いが段々と大きくなってきているのを感じていた。


(このまま逢い続けるのは良くないに決まってる…。)


(あの子はまだ若い…私にのめり込んでいるのは、あの子がまだ女をよく知らないからだ…。)


(いつか若い女の子とも付き合えば、今の関係が一時の迷いだったと気づく時がくる…。)


(でも、そうはわかっていても、あの真っすぐな目に見つめられると…ついつい体が……)


奈津子は大きなため息をつく。


ふと鏡台に置いてある携帯電話に目がいった。


手に取り、開いてみる。


着信はない。電話も、メールも。


待ち受け画面の大きなミッキーマウスの顔がウインクして陽気に笑っているだけだ。


パタン、と携帯を閉じ、鏡台に置く。


(私…なに期待してんだろ。)


奈津子の携帯の番号とメールアドレスを知っているのは家族と女友達の他には一人しかいない。


それは奈津子のかつての不倫相手の、相田康夫という男である。


(ダメよ…あの人とはもう終わったんだから。)


奈津子は気持ちを切り替えるように、背筋を伸ばしてドライヤーを手に取り、髪を乾かし始めた。