3/31(金)
3/30分で「自己顕示欲」をテーマに学生時代の振り返りをした。
要約すると、自己顕示欲を満たすために努力してきたんだ、ということになるが、今回は「努力」の部分に焦点を当てて学生時代を振り返る。
努力とは
「目標を実現するために心や身体を使ってつとめること」
とWikipediaに記されている。他の辞書でも似たような意味だろう。
そして「努力は報われる」「努力は嘘つかない」
そのように学校や家族から言われてきた人が多いと思う。
私もその言葉を信じて勉強や部活動(陸上長距離走)を必死に頑張ってきた。
だが、努力が結果に結びつくことは少なかった。
勉強はまあ難なく進んだ感じだけど、特に陸上競技についてはどんなに頑張ってもそれに見合った結果が出なかった。
結局何一つ結果を残せぬまま競技を引退することになったのだが、引退してなぜ努力が報われなかったのかを考えた。
その時に第一に思い浮かんだのが、WBCにも出てた野球のダルビッシュ選手のツイートだ。
練習は嘘をつかないって言葉があるけど、頭を使って練習しないと普通に嘘つくよ。
— ダルビッシュ有(Yu Darvish) (@faridyu) 2010年6月11日
2010年のツイートだが、3.4年前くらいにネットで流れてきた。
これを見て、努力が報われるトップアスリートと報われない凡人の差はこういうところなのかなと感じた。
野球で例えると、素晴らしいピッチャーになるためにバッティング練習をしてもあまり意味ない。
ということになるが、私はこれと同じことをしていた。
長距離走では速さと持久力が必要になるが、私は速さを磨かなければならないのに、ひたすら持久力を磨き続けた。
つまり目標と異なることをしていたわけだ。
目標と異なることをしたら当然目標には届かない。
改めて確認すると、努力とは「目標を実現するために心や身体を使ってつとめること」とあるが、私のやってきたことは努力ではなかったのだと今では思う。
だから私は考え方を変えることにした。
「努力すること」と「頑張ること」を分けることにした。
「努力」が目標に向かって取り組むことなら
「頑張る」は辛いことも忍耐して取り組む
みたいな捉え方。
実際の意味は少し違うかもだが
努力するということは頑張るということだが、
頑張ることが必ずしも努力になるわけではない。
頑張ることももちろん大切だが、目標を達成するには「努力」しなければならない。
ダルビッシュ選手の「頭を使って練習しないと」というのは、「目標や課題を意識して取り組まないと」と同義だと思う。
学生時代はひたすら「頑張っ」てきた。
目標とは異なることをしてても人一倍辛いことに取り組み続けた。つまり頑張った。
でも努力からは程遠かったと思う。
何度も言うが、頑張ることは大切だ。
しかし、社会人になったら会社など団体での目標を意識することが強く求められるだろう。
そういった時に「頑張る」のか「努力」するのか。
この意識は私を大きく変えるかもしれない。
3/30.31分で学生時代を振り返った。
1つ目は「自己顕示欲」が私の原動力となっていること。
2つ目は「努力」と「頑張ること」は違う捉え方をしなければならなかったこと。
学生時代真っ只中は目の前のことに必死で、こんなこと考えられなかった。
学生時代を一通り満喫して初めて感じたことだ。
こういうことに早く気づいていれば…なんて思う部分もある。
でもそれでいいと思う。
なぜなら、これらの振り返りは社会人になってからの行動と結びつけられると確信してるからだ。
まもなく私は社会人になる(時間的にもうなってる笑)
学生という身分から離れることになるが、私は「学生」の心を忘れずに生きたい。
常に学ぶ姿勢、そして定期的に振り返って反省する姿勢、そして学びや反省を次に活かす姿勢。
これらは自己実現のために、社会人になってから死ぬまでずっと大切にしていきたい。
そして最後に
こういった学びの環境を与えてくれたのは、家族や友人、学校や部活動の恩師、バイト先の方々など、関わってきた様々な人達である。
薄っぺらいかもしれないが、この場を借りて感謝の意を述べさせていただく。
ありがとうございます。

