2011年3月11日 午後2:46
突如起きた東日本大震災。
東京のオフィスにいた私も
本などが散乱し、エレベーターも
即時停止してしまい、移動も
ままならない状況になってしまい
ました。
そして宮城県気仙沼市にいる
家族とは全く連絡が取れず
ただただ時間だけが刻々
と過ぎていきました。
公衆電話ならかかりやすい
と聞き、オフィスビルの1階
にあるところまで、階段で
降りて、長蛇の列を並んで
やっとかけましたが、それでも
繋がらなかった。
もはや無理かと思ったその時。
ふと閃きました。
そうだ、真我、神様にお願いをすれば
良いんだと。
自分の真我は家族の真我とも
つながっています。
何とかなるはず。。
そして祈りました。
「私の真我さん、いつも
ありがとうございます。
私の家族をお守りください。
そして、状況をおしえてください」
何分祈ったことでしょう。
そして、そのうち安心感が
広がってきました。
そして、そのまままた降りてきた
階段を歩いて、自分のオフィスが
ある部屋まで昇って戻りました。
そして、自分のデスクに戻り
ネットで色々情報収集をして
いました。
そうしたら、夕方、なんとメール
すら繋がらなかったのに、気仙沼
にいる兄から、とりあえずみんな
無事との簡単なメールだけが
ひょっと受信しました。
おーついにきたー!!
それですぐに返信をしたものの
もはやそれ以降、返事は
来ませんでした。
そのあと、電話も何度も
したものの、全く繋がらず
連絡が来たのはそれだけ。
奇跡的なメールでした。
あれほど、何をやっても
ダメだったのに、真我、神様に
お願いをしたら、ひょっと
入ったメール。
しかし、たった数行のその
メールのおかげで、その後
3週間まるまる連絡が取れなかった
のですが、なんと安心感をもてたか
しれませんでした。
とはいえ、ネットやニュースで
見るに付け、状況がだんだんわかって
きてあまりの被害の大きさに
いてもたってもいられなくなった
ものの、新幹線もダメ、高速道路は
通行止めで、もはや打つ手なし
でした。
そのうち、気仙沼を襲った大火災
の映像を見るに付け、場所がわからず
心配がつづく日々を過ごしました。
あとで聞いた話ですが、この時
家族にはある奇跡が起きていました。
それについては、長くなりますので
また次回、お話したいと思います。
今日も最後までお読み頂きまして
ありがとうございます。