恥ずかしいという感情が、

自分の道を阻むことがあると気づいた。

 

本当はこうしたいけど、

失敗して馬鹿にされたら嫌だとか、無視されたらどうしようとか

そんな思考が、自分の本音を抑える。

 

これは、理想の自分と現実の自分の乖離が生み出す感情だ。

 

では、なぜ「恥ずかしい」という感情があるのか。

エイブラハムの感情の22段階には載っていないけれど、

いい気分か悪い気分かはわかる。

 

恥ずかしいと感じるのは、チャレンジしてる証拠だ。

 

いい気分ではないけれど、

前に進もうとしている段階であるということはわかる。

 

 

 

振り返ると、私は何かを頼まれそうになると、

すかさず「できない」と言って断っていたことに気づいた。

「私には無理です」と。

 

自らチャンスを棒に振っていた。

あの時受けていたら、道は開けていたかもしれないのに

自分で可能性を閉じていたのだ。

 

責任を取るのが怖かった。

責任から逃げてきた人生だった。

全て引き受ける覚悟がなかった。

 

能力はあったとしても、責任という重圧に耐えるメンタルがなかったのだ。

 

 

 

最近は、その大切さに気づいた。

だから今は、主導権を自分に取り戻して、

全部自分で決めたという視点に立つよう心がけている。

人のせいにするのは簡単だけど、

いつまでもビクビクした人生は生きたくないから。

 

 

そして、恥をぶっ飛ばす方法が

「今この瞬間、世界が終わるなら何を選択するか」と自分に問うこと。

今日とか明日とかは長すぎる。今この瞬間だ。

 

それなら人の目もぶっ飛ばせるし、自分の本音に従った選択ができる。

 

 

今この瞬間、世界が終わるなら、

 

勉強せずに散歩に行く。

目の前の作業を丁寧にしてみる。

食事をゆっくり味わう。

本当に会いたい人にメッセージを送る。

言えなかったことを伝える。

 

 

頭で考えた「生産的なこと」じゃなく、本当にしたいことを選んでいく。

そうすれば、人生は自分のものになっていく。