足るを知るという言葉を知ったのは、継母が大津の出身で、高学年になって、京阪電車で京都をひとりぶらつくようになって、龍安寺の茶室の入り口の手水の石、つくばいの石に書かれた言葉からです。吾唯知足と書かれています。哲学の道や嵯峨野などを好んで歩きました。
わたくしが中年にもなると、格差社会が歴然となりました。そんな中で、足るを知る生き方をされている方に,何度も出会い、そして、その生き様、生き方の立派さ,素晴らしさを教えていただきました。
養育費が滞り、家族3人、十万で生活する。それが当たり前の社会の現実なのです。