わたくしは、3歳の時から入院した母を、6歳の時に失いました。
年の離れた末っ子、二度目の妻の子という存在でした。
子ども同士は、一番上の姉が戸籍を見るまで知らないことでした。
小学2年生の折、木曾川町へ転居しましたが、偶々、舘ひろしさんのお宅の近くに住みました。集団登校で、わたくしがいないのがわかると、お母様が様子を見に来てくださいました。その上、10時のおやつと昼食までご用意していただきました。その美味しさは今も忘れられません。級友からは、それが食べたくて病気になるのだろうとからかわれましたが。
お医者様のお父様にも病弱なわたくしは青年になるまでお世話をいただきました。