夏の午後、静まりかえった通りをわたくしは魔法瓶を抱えて、母の入院する日赤に向かって歩いておりました。突然、勝手口が空き、飛び出した女の人と衝突してしまい、膝を擦り剥いてしまいました。わたくしは、抱きかかえられ、広い階段を上がっていました。部屋に入ると、寝かされ、膝に赤チンが塗られ、魔法瓶の中身が確かめられました。そこは、遊郭でした。楼主と思しき人が現れ、女の人と話すと、魔法瓶を持って出ていきました。女の人は、わたくしに、「ごめんね。ごめんね。」というばかりです。わたくしは、いつの間にか、眠っておりました。
眼を覚ますと傍らにさきの女の人がおり、新しい魔法瓶が置いてありました。女の人は、謝りながら、わたくしの行先などを訊いてきました。日赤の話を聞くと、いっぱい涙を浮かべました。中を確かめさせ、わたくしを勝手口まで連れていき、勝手口からわたくしを見送ったのです。
その日、わたくしは、いつものように、国府宮駅の駅員さんに見送られ、電車に乗り、新名古屋駅で降りましたが、母の笑顔が見たくて、国鉄の食堂街に回り、ミカド食堂で何度目かのソフトクリームの買い物の時でした。店長が魔法瓶に入れて何のためにどこへ行くのだと訊き、「母の入院先の日赤病院に。」と応えると、その店長は大粒の涙を浮かべ、「今日は、お金はいい。」と言いました。そして、わたくしを店まで出すと、それからも見守っていたのでした。
わたくしは、半ズボン姿に包帯を巻かれ、真新しい魔法瓶を肩に下げ、日赤病院に向かって残りの道を歩んだのでした。
それからしばらくして、そのお姉さんが結婚したことを知らされました。遊郭のお姉さんが結婚することはいちばんの幸せだから喜んでやってくれとお聞きしました。