風がね。冷たくて、ひんやりしてカーテンを揺らしているの。
明日は何度になるんだろ。
なんだかさっきから落ち着かなくて、心ここにあらず。ふわふわして、でもなにしていいのかわからなくて、
それは「失われてしまう時間へのノスタルジー」なんですけど。静かに感傷的。
2009年6月24日午後11時すぎ。あたしは、そう感じて、思いをずっと手紙につづってなんだか泣いてた。
でもそれは哀しい涙じゃなくて、「思い」の涙なんだろうなと。特定のなにかではなく「時間」というものに対して。
なんで時間は過ぎてくんだろう、と。当たり前に変わっていかなきゃならないんだろう。とか。変わらないものをずっともっていたいのに、時は過ぎてしまうんだなぁとか。みんななにも感じずに「当たり前じゃない」って…
いやだいやだー。どうして?ってなんで変わらなきゃいけないの?永遠に保存する法則はないのだろうか??
答えのない部屋の空間の間隔にまた戸惑ったり(そりゃ部屋は答えないけど
)
そしていまこの瞬間も過去になっていって、だから忘れたくないし、でもずっと過去になった昔のことも
同じように戸惑っていた瞬間があるのを覚えている。時間の定義とは一体?自分の子供のころの写真みたけど、ごく最近とったみたいな鮮やかさだし。でもでも20年近くはたってるんだろうし。
あたしはどこへいくんだろう。
どこへいくかわからない不安じゃないんだよ。永遠に続いて変わる時間とどうつきあっていくのかなって。
2009
2008
2007
2006…
1999…
1992…
1988…
1985…
ずっと生きてきていろんなわたしがあって。これからもずっと生きていくし。
君にいったわたしはこの世の中をみていくと。離れようがなんだろうが
共に広い世界をみようといったよね。
切なさに涙しながらそれでも生きてく。痛みはわたしたちを高みへ導いてくれるから。
共に生きよう。
