
前イタリア美術史紀行をみていて 聖母マリアの絵が描かれてあった。足許に広がるのは彼女の象徴 百合の花
そこには通常あるおしべは書かれていない
つまり処女懐妊した
マリア様には 男性の存在なく 神の女性だということ
わたしはこの場面をみて すごく いやらしいと思った

通常は男の存在がないのだからその潔癖さが際立つのでは?と思うところでしょうが
(よくよく考えりゃね…)
わたしは唯一 神のもの すべて なにもかも
その処女性も 神に捧げている
すべて神が支配するというところに
ってゾッとした
なにもかも 何故神のもの? 大きなものにはすべてゆだねなければならないの?
そこに支配と語弊があるが神が女性を凌辱しているような感覚があり
いやだ~(∋_∈)と思った………
まあこの感覚特に誰にもわからんやろな…って思うけど
ここわたしのブログなんで

前前世についての本でイタリアがとても好きで何回か遊びにきている女性がいて
美術館でキリストが張り付けになった傷だらけの絵に不快感をしめしていたのだけど
彼女は昔カプチン教徒の僧侶で、聖職者でありながら自分のしていることに疑問を感じながら 亡くなっていて、その亡骸は前世の彼が亡くなった地で カタコンベ(地下にびっしり骸骨がひしめく
墓場)に埋葬されている って話を思い出したちなみにワタクシイタリアいったこともないし、すごい好きなわけでもないのだす
いけば なにかをかんじるかもだがね…
まあいろいろ本とかみていてものすごい宗派あるんですが
なんとなくベネディクトってワードが気になってます
なんか分かる日くるかな~ すべては
未知なるものに対する好奇心
自分は何者?って思う心理やね
本音全開やな まあ…
いいや(笑)