仕事で使える(かもしれない)心理学やらなんやら
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(すいません。今日も1回「地雷」ネタはお休みです)

「他者」を受け入れること
「透明」を受け入れること
そして、寛容であること

(佐々木俊尚さんの講演より)



作家・ジャーナリスト
佐々木俊尚さんの
講演に行ってきました。
近作の『自分でつくるセーフティネット』の
刊行を受けたものですが、
本の内容に直接
ふれるというよりは、
本の内容のバックグラウンドを
解き明かしていくという趣向でした。

フェイスブックなどのSNSに
参加されてる方は
お気づきかと思いますけど、
自分が
何をして、
何を考えているかって
タイムラインを戻って見ていくと
「ダダ漏れ」ですよね

もちろんフェイスブック社は
あなたがどんな人で
どんなことをして
何が好きで嫌いかを
ぜ~んぶ知ってるわけです。
(だもんで微妙にぴったりな
 広告がでてくるわけです)

こういうのを
「アセンブラージュ」(民と民との監視)
というのだそうです。

つまり、そういった世界では
行動・思想の
全てが透明化されて
しまうわけです。

ネコの写真を延々と
載せ続ければ
「ネコの好きな人」として
認知されるわけですし、
恨み辛みを
載せ続ければ
「恨みがましい人」として
認知されるわけです。

仏教的な言い回しかも
しれませんが
自分の全ての行動が
「因」となり、そのまま
「果」につながるということが
ネットという仕組みで
ものすごく
スピードアップされ
さらに
誰でも分かる形で
可視化されたのだと
感じます。

ネットがなかった頃は
「因」→「果」の
スピードがとても遅く
しかも
因果のつながりが
直接的でないことも
多かったのでは
ないでしょうか。

だから昔は
「旅の恥は掻き捨て」
だったのですが、
いまや地球の裏側に
サッカーを見に行って
ちゃんとゴミ拾って
帰ってくる時代なんですね。


講演でも少し
触れられていましたが、
(本には詳しく書いてあります)
ネット、特にSNSで
「人となり」を
だまし続けるのは
実質不可能です。

何も「意見」を発言しなくても
「友達」がどんな人か
を見るだけでも
なんとなく
どんなひとか
見当つきますね(ーー;)。

※ 実は自分はフェイスブックでは
(こことは違う名前で参加してます)
仕事関係の「友達」が
ほとんどいないので(←わざとです)
全然違う人格に
なっているのかもしれません


特にフェイスブックのような実名(に近い)
ネット環境だと
「あ~、もう無知の極み」
とか
「こいつありえんくらい不細工」
とかのような
心ない悪口
書きませんよね。

ちょっと考えればわかりますが
「バカというお前はさらにバカ」
というのが衆目にさらされるんです。
それも即座に。


こういった「透明な」世界は
もしかしたら、あまり人口密度が
高くない田舎で、
「おまえ、きのうの日曜に隣町のイオンで
 ワイシャツ買っとったやろ?」
という世界と相似形に
なってしまうような気もします。

それには
抵抗感がある人の数も
多いと思いますので
すぐには浸透しないのでは
という気もするのです。

まあこのくらいなら
「なんや、それ悪かとかね~」
って話なので、ネットの上でも
「聞き流す技術」が
必要なだというだけの
ことかもしれませんが(笑)。


「透明な世界」が
「今、そこまで来ている未来」
であるということも
考えるまもなく確かです。

そして、講演でも
触れられていましたが
「ネットでは
 何も発言しなければ
 何も得ることは出来ない」
ということを裏返すと
実はネットで透明化されることで
「徳を積む」ことも
非常にスピードアップされるのです。

そして「ふつうのひと」
が、ごく普通の
「悪徳」でない足跡を
ネットに残すのであれば
いい意味での
「セルフブランディング」が
自動的?に
できてしまうのです。


そんな「ふつうのひと」に
とってのメリットを考えると、
なにかのキッカケで
いきなり
「透明化された世界」に
一気に
舵を切るのかもしれないなあ
と感じた夏の夜で
ございました。

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