この年になるまで「半夏生」は耳に快い言葉でしかなかった。
と言うより右耳から左耳へと通過するだけで、考える事もしなかった言葉だった。
ところが27日、友の庭に「これ、はんげしょうや」と教えられ、目に留まった花は
何とも寂しげな楚々とした花だった。至極心惹かれた。
「持って帰って好いよ」と言ってくれたがその気にならなかった。
この花はこの広々とした庭の片隅で、
雑草の如く人目を避けて咲くに相応しい花だと想った。
少なくともプランターでは可哀相すぎる・・・
そして昨夜、ジムから帰ってきたら道に迷った老女が歩いてきたと言う。
「交番は何処ですか?」と尋ねられ、遠いからと主人は交番に電話した。
見れば帰り家近くで車窓に見た老女だ。よく暑い夜、近くの住人が道ばたで涼んでいるたりする。
「どこのおばあちゃんだろう・・・見覚えないなあ」と呟いたその人だった。
警察官が来るまで世間話をしていたっが、警察官が来る前に私は用有って家に入った。
後で聞けば91才だというが、確りしていたしそつのない受け答えだった。
手押し車の中も、整然としていたから「一人住まい」と言うにはきっちりしている人だと驚いた。
小一時間かかって、○○署からそれらしい連絡がきて、探している人だという事が解った。
「ちょっと散歩のつもりがえらいことになってしまったね」と主人に言ったという。
○○署は管轄の違う警察だから、近くても5キロや6キロは有る。
何時間かかって此処まで来たのか・・・さぞ心細かっただろうが自力で帰ろうとしたに違いない。
パトカーに乗って帰るおばあちゃんを見送れなかったが、いろんな思いが私の心を解放してくれなかった。
人生とは・・・私はこの十日余り好い日を送っていなかったが、心洗われた夜となった。
そして今朝ふっと「はんげしょうの花みたいなおばあちゃんだったなあ・・・」と想った。