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世間ではXmasらしいが、今の私にはあんまり関係ないな。
(Christmasを省略する時には、Xmasが正しいスペリングなので=アポストロフィーはつけない。ご注意下さい)
昔は本気で改宗しようと思ったこともあったが、
世間ではXmasらしいが、今の私にはあんまり関係ないな。
(Christmasを省略する時には、Xmasが正しいスペリングなので=アポストロフィーはつけない。ご注意下さい)
昔は本気で改宗しようと思ったこともあったが、
(カトリック系の幼稚園に通い、知恩院に属する学校法人の運営する高校に通い、
プロテスタント系キリスト教主義の大学に通って、チベット仏教を国教とする国に住み、
カトリックとプロテスタントが反目する地域に住み、キリスト教・イスラム教・ヒンドゥー教の人々が混在する
街に住んで、それなりに真面目に宗教に接すれば、改宗しようという気持ちが湧いても不思議じゃないと思う)
結局のところ、
「真理はどの宗教にも存在する」
ってことがなんとなく見えて、それなら、形式上自分の宗教なんてどうでも良くなった。
それぞれの宗教にそれぞれ良いところがあり、エゴイスティックなところがある。
それよりも、いかに相手の宗教に対してリスペクトできるかが大事だ。
なので、イベント的にクリスマスをするのは、敬虔な宗教人である友人たち(たまたま全員カトリックだ)に
失礼と思うので、自分としては避ける傾向にある。
(本来のキリスト教文化的イベント、つまり「家族が一同に会する」、なら何ら構わない)
もちろん音楽もイルミネーションも好きだけどね…。
で、今も自室もPC前に座ってお勉強中。出かける予定はなし。
何の勉強をしてるかというと、「屋根瓦」。
「なんで屋根瓦?」「瓦屋さんのコンサルでもするの?」などのご質問が飛んできそうだけど、
理由は単純、自宅の屋根を修繕することになったから。
理由は単純、自宅の屋根を修繕することになったから。
だから勉強。
屋根瓦専門の職人さんが今朝やってきて、寸法を測り、ああだこうだと言ってはいるが、
私は「専門家」を称する人ほど疑ってかかる性質だ。
なぜなら彼らは、彼らの常識でしか話をしないから。
私ら素人には口出しさせないような雰囲気すら持っている。
でも、私は口を出す。お金を払うのは私なのだ。
こっちとしては悪意はない。しかも職人さんも知り合いだ。
でも、常識が本当に正しいかどうかは、わからない。
だって、彼らは、彼らの世界の中で(=知っている範囲の中で)勝手に常識を作っているからだ。
そんな常識は、その外へ一歩出てしまえば、普遍性はなくなる。
ゆえに、常識が覆ることもしょっちゅう起こる。
職人さんは「うざったいな」と思ってるに違いないが、こっちもなけなしのお金をはたく以上、