早過ぎる緊縮策がディスインフレの要因の一つであり、雇用の質などに目配りした経済政策の実施が必要であると考えます。

リーマンショックなど大きな負のショックがあると、拡張的な金融・財政政策を取るのが通常のマクロ経済政策運営だと思われます。それを取るのが遅れると、日本のように通貨高を招いて、よりショックのダメージを深刻化させる「人災」を拡大させることに…

リーマンショック前の水準にGDPや失業率が戻ったなどが判断材料の一つとなり、金融緩和の「出口」などが話題になっている。
「入口」に入るのが約5年ほど遅れた2013年の日本でも、米欧に合わせて「出口」へ向かうべきだとする声も聞こえてきます。5年前に入学した小学6年生と小学1年生が同じタイミングで卒業する、そのためには余程のことが必要と思われますが、どうでしょうか。

ここで、ディスインフレの要因の一つと私が見ている「緊縮策」に関する書籍を紹介します。
《緊縮策という病:「危険な思想」の歴史》(著者:マーク・ブライス、監訳者:若田部昌澄、訳者:田村勝省,2015)

"1930年以降も金本位制にとどまり、切り詰めながら成長に至る道を模索し続けた国は、金本位を放棄して対内的にリフレを目指した諸国よりもかえって悪い状態に陥った。1920~30年代からの緊縮にかかわる第一の教訓は次の通りである。要するに緊縮は何度やっても機能しない。これを認識すればユーロ圏にとって金本位制の第二の教訓につながる。すなわち、民主主義下では金本位制を運営することはできない"(249ページ)

"緊縮は本書では次のように定義されていることを想起してほしい。
緊縮策というのは、自発的なデフレ政策の一形態であり、競争力を回復するために経済が賃金・物価・公共支出の削減を通じて調整する。競争力の回復を達成するために最適なのは、国家の予算・債務・赤字の削減である(と想定されている)。そうすることが「企業の自信」を鼓舞する、というのが提唱者の信じるところである。というのは、政府は国債発行を通じて利用可能なすべての資本を吸収してしまうことによって、投資のための市場を「クラウディング・アウトする」わけでも、すでに「多すぎる」国家債務を増加させるわけでもないからだ"(あとがき,331ページ)

"政府債務は緊縮が実施されているのに増加を続ける一方、利回りは低下を続けており、緊縮支持論とは正反対の動きを示している。これが強く示唆しているのは、中央銀行の政策が重要であり、緊縮ではなく流動性が市場を鎮静化させたということである[中略]成長は利回りを引き下げている中銀の政策から出てくるのであって、緊縮からではない。緊縮は害をもたらし続けているのであって、助けにはなっていない"(あとがき,336ページ)

緊縮策度合いが強い国ほど、失業率の回復やGDP成長率の回復が遅い。
詳しくは野口 旭さんの以下のご著書を参照願います。
『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』 

失業率の数値が大きなショック前に戻ったとしても「質」の面での回復が不充分だと指摘する識者もおられます。
米国における労働力率は、66.5%弱だったものがリーマンショックで大きく落ち込み、雇用環境が改善したとされる2017年夏でも、63.5%弱と約3%も下回ったままです。それだけ労働力にスタックがあるということです。労働力の需給がタイトになれば、賃金上昇にプラスの効果があることが考えられます。

雇用の「量」が回復しても「質」の面で、非正規雇用の割合が倍になっていることが賃金上昇が鈍い原因と分析される方もおられます。次の記事をご参照ください。

雇用が回復しても賃金が上がらない理由 | 野口旭 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト


構造失業率を3.5%と推計していた日銀。現状の失業率は2.8%…物価安定目標の達成時期を6度も後ズレさせた中央銀行が、誤った推計を基に政策判断をしていた、ということはないでしょうか。
FRBは物価安定と雇用の最大化を掲げます。金融政策が雇用に効くのは世界の常識です。現にデフレ脱却途上で消費増税という緊縮策を実施した日本ですら雇用環境(失業率、有効求人倍率など)が大きく改善しています。

最後に日銀審議委員になられた片岡剛士さんのコラムを紹介します(残念ながらサイトからは削除)

《「不況レジーム」に捉われる日米欧》(片岡剛士,2011.12.27)
"「金本位心性」という思想的拘束
さて現在の国際通貨制度は変動相場制であるため、各国は財政・金融政策を十分に行うことが可能である。そしてリーマン・ショック以降の各国は大恐慌の「教訓」に従って大規模な財政・金融政策を行った。だが米国の回復は緩慢であり、欧州は債務危機が発生するという苦しい状況、そしてわが国の場合はデフレと経済停滞が続いたままである。なぜなのだろうか?
 この疑問に答えるにはもう一度、大恐慌の「教訓」に立ち戻ってみる必要がある。先程大恐慌の原因として金本位制が政策の自由度を奪ったことを指摘したが、80年前の当時においても、例えばケインズは金本位制を「未開社会の遺物」(『貨幣改革論』)と断じて金本位制復帰の決断をした英国の大蔵大臣チャーチルを批判したように、金本位制の持つ問題点と危険性を見抜いていた経済学者は存在していた。だが各国の為政者や金融家は第一次大戦後に一旦離脱した金本位制に相次いで復帰する決断を下すのである。
 この決断には若田部昌澄早稲田大学教授が簡潔に指摘するように、金本位制という国際的な通貨制度が当時の正統派経済学の一部でもあったこと、そして金本位制が「健全財政」、「健全通貨」、「自由貿易」を是とする思想と結びついて、「節約、信頼、安定、世界主義」を代表し「健全」かつ「正常」なものの象徴とみなされていたことが影響した。バリー・アイケングリーンカリフォルニア大学バークリー校教授とピーター・テミンMIT教授はこのような金本位制の持つ思想的側面を「金本位心性」と呼称したが、金本位心性というべき思想的な制約が金本位制の復帰へと各国を進ませ、金本位制を遵守するという制約の中で自ら政策の手足を縛るという失敗を生み出したのである"

現代においても、健全財政や健全通貨を国民生活よりも優先するような言説を、政治家や学者、エコノミスト、メディアなどで良く見聞きします。
東日本大震災で苦しむ中、復興増税を実施した国もありました復興債を全額日銀引受することを国会議員211名(「増税によらない復興財源を求める会」)が主張していましたが、大手メディアで目にすることはありませんでした。
再分配政策である社会保障の財源として、低所得者ほど負担が重くなる逆進性がある消費税の増税を割り当てた国もありました。社会保険料自体に逆進性があることや社会保険料未払の法人が約80万社ある不公平の是正もせずに。

緊縮策という病にかかると、正しい情報、見るべき情報で判断せずに誤った政策(早過ぎる緊縮策、遅過ぎる&小さ過ぎる緩和策など)を実施してしまうようです。

1937年の米国の失敗など歴史に学びながら、国民の経済厚生を改善する政策が広まることを祈ります。