岩田規久男日銀副総裁のご講演(長崎での懇談会での挨拶 *1)と会見(*2)がありました。
現状の経済状況や金融政策運営について、日銀の総括的検証などに丁寧に触れられています。大事な論点がありますので、是非、ご一読いただきたいです。
岩田規久男日銀副総裁は、賃金の上昇の重要性を強調されています。
"物価が基調的に上昇していく環境を整える観点からは、やはり賃金の上昇がきわめて重要です。日本銀行は、2%の「物価安定の目標」を実現すべく金融緩和を推進していますが、その際には、企業収益の増加や雇用の拡大、賃金の上昇を伴いながら、物価が緩やかに上がると いう好循環を目指しています。実際、物価と名目賃金の関係をみますと、消費者物価と時間当たり名目賃金の間には、長い目でみれば、概ねパラレルに変動するといった安定的な関係が確認できます。米欧では、賃金は数年間分の交渉を行うことが多く、その際に、中央銀行の「物価安定の目標」が賃金決定の重要な要素になっています。他方、わが国では、賃金のベースアップ 率は、現実の物価動向、特に前年度の実績が勘案されて決定されています(図表7)。「物価は毎年2%くらい上がっていくものだ」という見方が人々の間で共有され、こうした物価観に基づいて、価格の設定や労使間の賃金交渉が行われるようになることは、2%の「物価安定の目標」を安定的に実現するうえで重要なことと考えています。"(*1)
賃金の上昇が重要であることは、もちろんのことですが「物価は毎年2%くらい上がっていく」という見通しが立つことが賃金の上昇には重要であると思います。
ですので、日銀は1日も早く物価安定目標を達成する、ないしはそのコミットメントを強化するなり、政策対応を積極的にすべきではないでしょうか。
また会見では次のように述べておられます。
"任期中になかなか 2%を達していないという点については、元々任期と 2%を達成できるかどうかということは、必ずしも関係はないと思います。私は説明責任が取れない場合は、最終的な責任は辞任だと申し上げました。 何度も申し上げたように、2%の「物価安定の目標」を達成できないと、自動的に辞任だと言ったことは一度もありません。ところが、世の中でそのように 捉えられています。目標を達成しないときに、責任の取り方には段階があると申し上げています。最終的に、説明責任が全く取れない、間違った政策を採っ たため、2%の「物価安定の目標」を達成しないということであれば辞任するということが本意です。そこで、「総括的な検証」では、2%を達成しなかった理由が、消費増税後の個人消費の想定を超える弱さ、原油価格が 70%程度急落し、長い期間低迷が継続したこと、今年の初め頃から特に──昨年夏頃からもそうですが──、新興国経済の減速に伴って国際金融市場が不安定になったこと等が、物価を実際引き下げたことになりました。こうした点については、 「総括的な検証」の中で、言い訳ではなく、事実を申し上げています
[中略]
間違ったために、2% の「物価安定の目標」の達成が遅れたということではないと思っています。説明責任は十分に果たしていると考えています"(*2)
"失望させたとすれば非常に残念ですが、 実際に 2 年で区切った理由を説明します。2013 年 4 月に「量的・質的金融緩和」 を実施する前の 15 年間はずっとデフレだったわけです。しかしそのデフレの中でも、日銀はずっと、デフレ脱却に邁進して参ります、と言っていました。 もっとも、常にそう言いながら 15 年経ってずっとデフレという状況だったわけです。2013 年 1 月の政府との共同声明では、「できるだけ早期に実現することを目指す」という表現だったと思うのですが、それでは過去の日銀の歴史からみると、市場に信認されない。できるだけ早期に、というのは、5 年なのか 10 年なのか、15 年なのか、はっきりしないわけです。普通は諸外国ではだい たい 2 年くらいかけて 2%の物価目標を実現できているという歴史があります。 そういうことで、2 年と区切って日銀の覚悟を示すことが、市場から評価され るために必要だと考え、あえて 2 年と示したわけです。逆風が吹かなければ、 おそらく私は 2 年以内で達成したと思っています。"(*2,7頁)
(*1)《最近の金融経済情勢と金融政策運営 ─ 長崎県金融経済懇談会における挨拶 ─》
(岩田規久男日銀副総裁,2016.12.07)
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2016/data/ko161207a1.pdf
(*2)《岩田規久男日銀副総裁会見要旨》
(日本銀行,2016.12.07)
http://www.boj.or.jp/announcements/press/kaiken_2016/kk1612b.pdf
確かに雇用環境など金融政策の効果は出ていますが、逆風の後、期限を区切って覚悟を示さなくとも物価安定目標達成の蓋然性は高まったのでしょうか。
消費増税に積極的な発言をしていた財務省出身の黒田日銀総裁、非ケインズ効果的なことを認める正副総裁のご発言もありました。
黒田日銀総裁
「消費税率の引き上げが実質所得にマイナスの影響を与えるのは事実ですが、財政や社会保障制度の持続性に対する信認を高めることにより、家計の支出行動に対するマイナスの影響をある程度減殺する力も働くと考えられます」
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2014/data/ko140916a1.pdf
岩田規久男日銀副総裁
「財政や社会保障制度に関する家計の将来不安を和らげる効果も期待されることから、マイナスの影響は緩和されると考えています」
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2014/data/ko140206a.pdf
「あの岩田規久男日銀副総裁が?!」と疑問に思い、念のため日銀に問い合わせましたが、ご本人作成の資料をもとに講演されたとのこと。残念です。
正副総裁の講演資料の作成者を日銀に聞いてみた
https://sites.google.com/site/shinchanchiz/home/economics/bojlover/kouenshiryo
最近は、余り話題になりませんが、日銀法改正が必要なのではないでしょうか?
アコードではないものの政府と日銀が物価安定目標の共同宣言している現在は日銀法改正は必要ではないというご意見(*3)もありますが、日銀法改正が不可欠(*4)というご意見もありました。
また、「できるだけ早期に」ということであれば、日銀法改正で法的に物価安定目標を義務付けた方が目標達成が容易になる、というご意見(*5)もありました。
トランプ氏の経済政策への期待感からドル高円安、株高が進んでいるようです。しかし、リスクを見据え積極的な金融政策への転換を促す識者(若田部昌澄さん)もおられます。英語の記事ですが、ご紹介します。
Thanks To Trump, Bank Of Japan's Kuroda Could Be The Luckiest Central Banker In The World via @forbes
アベノミクスに対する直近の私の評価は次の記事にまとめてあります。
「2016年12月、アベノミクスは再起動したのか?」
以下は、国会議事録などからの引用です。お時間がございましたら、ご一読下さると幸いです。
(*3)岩田規久男日銀副総裁,参院財政金融委員会,2014.10.28
"○参考人(岩田規久男君) 昨年春の副総裁の任命に関わる国会での承認の所信声明では、二年たって二%の物価目標安定を達成できなかった場合には何か自動的に辞めるというような、そのような説明で理解されるようなことになってしまったことを深く今反省しております。
その当時ももう既に反省して、それが本当の責任の取り方ではないということで、その昨年の春の副総裁就任の記者会見においては、私の責任の取り方の説明を次のようにいたしました。もうそれは昨年の春の就任のときの記者会見ですが、仮に二年程度たって二%の物価上昇が達成できない場合に、まず果たすべきは説明責任だということであります。そうした事態に至った経緯も含めてしっかりと説明していくなど、真摯に対応することが必要だというふうに思っています。そして、その場合に、仮に、説明責任を果たせないと、誰も納得できないというような説明であるということであれば、そのときの最高の責任の取り方は辞職することという考えには今でも変わっておりません。
ただ、繰り返しになりますが、まずは説明責任を果たすということが先決であるというふうに、それが私の真意でございます。
○参考人(岩田規久男君) 日銀法改正に関しては、就任前から二%目標というのを政府との間できちっと設定するという、そのように主張しておりました。その点に関してはきちんとそういう合意がなされておりますので、日銀法の改正をあえてする必要はないと思っております。
そして、一部に報道等で、私が日銀法改正に当たって、総裁や審議委員が説明責任を取らない場合には国会に解任権を与えるべきだという、そういうふうに私が主張しているという報道等があります。また、そういうふうに理解されているということがありますが、私はそのような主張をしたことはございません。ニュージーランドはそういうことをしているけれども、日銀法は、いずれにしても政策委員会の合意で決めるものですので、一人が何か責任を取って罷免されるというような改正はすべきでないというふうにずっと申し上げてまいりました。
○参考人(岩田規久男君) 元々、二年の想定で私たちはこれを目指しておりますが、それができなかったからといって、できない場合には日銀法改正というふうには考えておりません。つまり、機械的に、人間の行動に働きかけるのが金融政策でありますので、何か電車の時刻表のようにきちっとはどうしてもできないという不確実性は大きいものがありますので、それは、目的として二年程度でできるだけやると、そのときに考えられるシナリオで最大の努力をするということで、そのように日銀が行動しているということが大事であって、そうでないように、例えば金融政策では永遠に物価が上がらないような態度であるということでは、それは問題だというふうに思いますが、今の日銀はそういうふうに立て付けになっておりませんので、あえて日銀法を改正する必要はないというふうに考えております。"
(*4)《日本再生の鍵は日銀法を改正にあり》
(岩田規久男学習院大教授(当時),2011.11.24)
http://kokka-vision.jp/_src/sc1200/8AE293c93FA8BE2964089FC90B3.pdf
(*5)岩田規久男学習院大学教授(当時),衆院 議員運営委員会,2013.03.05
"○岩田参考人 先ほど申しました金融政策のレジーム転換というのは、要するに、物価の安定あるいは二%のインフレ目標というのは、日本銀行に責任が全部あるという立場なんですね。それが市場に信頼されるというのがこの基本的なメカニズムなんですね、デフレを脱却して二%インフレになるという。
そうしますと、現在、日本銀行法では、そういうふうなレジームになるというのは、なかなか法的には担保されていないということで、私は、やはり法治国家ですので、法律できちんと、日銀に、物価のコントロール、二%のインフレ目標というのは達成する責任があって、しかし、その達成手段は日銀が自由に政府から選択できるんだということを明記するというのが中長期的には必要だというふうに思いますので、そのことを国会の方でも少し議論して深めていただければというふうに思っております。(津村委員「端的にお答えいただきたかったんですが、日銀法改正は必要とお考えですか」と呼ぶ)必要です。
しかし、議論しないとあれですので、すぐ、もうあしたからやるというぐあいにはいかないと思いますので、世界のいろいろな中央銀行の仕組みなども研究した上で、私自身としては、改正は、する方がインフレ目標の達成は容易になるというふうに思っています。"