ダンスの理由を見て思ったこと。 | ひとりごと

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あんまりツッコマないようにお願いします。
褒められて育つ子なんです。笑

ダンスの理由

 

FNS歌謡祭でてちが画面に出てきた瞬間、

「おっ!」

曲が始まった瞬間

「おおっ!やるやん!」

 

でも、それ以上、心が動かなかった。

「え、そんなところに収まっちゃうんだ」

 

キレッキレのダンスは凄いと思った。でも、

なんだかとても寂しい気持ちになった。

 

ネットでには概ね賛辞が溢れているのに

ずーっとモヤモヤしている。

 

原因を考えてみたら、

クラシック音楽と歌詞を大切にする昭和の歌謡曲で育ってきたが故の

私個人としての音楽に対する拘りともう一つのある原因に気付いた。

 

最近のK-POPにありがちな曲調でその音楽を聞こうという気持ちにならないし、ソロ歌手にバックダンサーって、何十年も前のマイケルや

ジャネットを見た時には新鮮でカッコ良かった。

少し経ってBOAや安室奈美恵が、最近では三浦大知もいて、

さほど珍しいやり方ではなくなっている。

 

 

音楽的に魅力があれば何度も聞いて、少しづつ歌詞が頭に

入ってくるけども、もう一回聞いてみたい曲ではなかったら、

興味の的が歌詞の内容までたどり着けない。

 

例えば、King Gnuの三文小説。

圧倒的な歌唱力とは別の次元で、曲の構成、コード進行、

各楽器のアレンジ、才能の塊をまざまざと見せつけられる。

 

例えば、KUWATA BANDのPAY MEという曲。

ある有名曲のカップリング曲で、他のアルバムにも入ってないし、

ライブで披露されたこともない、全編に渡って英語の歌詞。

当然、最初から歌詞に引き込まれるはずも無かったけど、

曲やサウンド自体が音楽として私には魅力的で、

何十年聞き続けても飽きない。

もちろん、今では歌詞が頭に入っている。

 

例えば、サイレントマジョリティーから始まる欅坂46の「僕」シリーズ。

ミュージカルとさえ表現されるほど意味のあるフォーメーションと

衣装、音楽。

それらが欅坂46の最大の武器になり、歌詞を引き立たせていた。

 

 

要するに、「ダンスの理由」には音楽やパフォーマンスとして、

何も新鮮さが感じられなかったのが残念で寂しかったんだと思う。

 

それと同時に、「なんだ、俺もてちの可能性に期待してるんだ」

って気づいた。

 

これで少し引っ掛かっていたものが取れた気がした。

 

 

てちには表現者としての才能が備わっていると思う。

それは技術的に体幹が素晴らしいとかではなくて、

常に作品に対して謙虚で真摯に取り組む姿勢と、ストイックさ。

 

だから、もっともっと色んな世界を見て欲しいと思う。

 

もし、歌手(アーティスト)としての舞台に立つのなら、

もう秋元先生を頼ってはいけないと思う。

 

全ての観衆にアッと言わせる姿が見たいんだ。