まずはこのたびの震災で被災されたみなさん、
不幸にも亡くなられたみなさんに
心からお見舞いとお悔やみを申し上げます。
また、まだ行方の分からない被災者のみなさんが
一人でも多く無事に戻ってくることをお祈りしております。
地震発生当時、長野に住む私の職場も相当揺れました。
震度4程度で地面をゆっくりとかきまわされてるような横揺れが
体感で1分ほど続きました。
その後ラジオで今回の大地震の影響だと言うこと、
10mクラスの大津波警報が出ていることを知りました。
その後、仕事中も気が気でない状態で一日過ごしました。
家に帰り、ようやく映像と情報が得られるようになり言葉を失いました。
これが津波か…と。
自動車はおろか大きな家や倉庫までも軽々と押し流し、
濁流となってどんどん町を飲み込む映像を
私は黙って見ているしかありませんでした。
その後気仙沼市の大規模な火災の映像が放送され、
町一帯が火の海と化しているのを知りました。
一体何が起こっているのか、どのくらいの被害があるのか、
想像もつきません。
むしろ「被害」などと言う表現すら当てはまらないのではないかと思うほど、
なにもない。誰もいない。
発生当日はもうTVに釘付けになり、徹夜しそうな頃に長野でも地震が…。
私の自宅も大きく揺れ、震度は4でした。
幸い震源地からは遠く、怪我や被害はなかったのでよかったですが、
ある程度予測して起きていただけに、「来てしまったか…。」とかなり不安でした。
正直、このまま東南海地震まで誘発して起こるのではないかと思っていたのです。
その後も緊急地震速報が30分おきくらいに数回、明け方まで鳴り続け、
徹夜しようとは思っていたものの、本当に寝れませんでした。
眠いままニュースを引き続き見ていると、
夜が明け出し、中継のヘリの映像が鮮明になってきて、再び私は言葉を失いました。
それは被害の恐ろしさと、残酷なまでに美しい朝日の映像でした。
まるでそこに建物が、文明が、人々の暮らしがあったなどということを
思い起こさせもしない広大な湿地帯と化した被災地に
青空の中で煌々と照る朝日と雲が反射していたのです。
きっと昨日までその朝日をたくさんの人々が見つめ、
たくさんの人々が一日の始まりを感じていたであろう、その場所に、
今は誰もいません。何もありません。
それなのに太陽は何もなかったかのように、
まだ全てがあった昨日と同じように淡々と輝いているのです。
きっと現地にいた被災者の方々はその光景を見ても
絶望しかないのかもしれません。
そう思うと胸が詰まり、寒気がしました。
何もなかったかのように昇る朝日。
何もかも変ってしまったのに、何も変わらずにいつも通りやってくる一日の始まり。
本当に悲しいです。何かしたいです。
ただ、私には被災した方の恐怖なんてこれっぽっちもわかりません。
正直想像を絶する恐怖など分かろうと思いたくもありません。
それでも助けになるなら何かしたいです。どうしたらいいのでしょう。
まだまだ感じたことはたくさんありますが、
落ち着かないため、ここで一区切りさせていただきます。
最初にも書きましたが、今回の災害で被害に遭われたみなさんが一人でも多く、
無事にもとの生活に戻り、笑って暮らせる日が来ることを祈っています。
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2年ほど前に一緒に勉強した方が仙台に住んでおり、
サーフィンが好きで毎日のように海に行っているという話を聞いていたのを思い出し、
仕事の後にメールをしましたが、当然今のところ返信はありません…。
結婚もしており、家族もいる方でしたので、
どうかどうか一家で無事でいて欲しいです。本当に。