皆々さま。

2024年もよろしくお願いします。

 

さて新年アート初めはこちらの美術館です。

 

大阪中之島美術館

 

さすが商売の町、大阪の美術館だけあって

1月2日から開館されてました!!

 

 

 

テート美術館展「光」

2024年1月14日(日)まで

 

イギリスのテート美術館といえば、

アート好きならば1度は訪れたい

素晴らしいコレクションの美術館です。

 

今回の展覧会では「光」をテーマに、

110点以上作品が来日しています。

 

光=風景画と思い込んでいたので、

最初は行くか迷っていたのですが、

現代アートも来日と聞き駆けつけました!

 

 

ジョージ•リッチモンド

「光の創造 」

 

展覧会では18世紀末から現代の作品

「光」を通して楽しむことができます。

 

18世紀末の欧州の作品の「光」といえば

上の作品のような宗教画が代表されます。

(この作品のボクサーパンツ🩲が販売されてました笑)

 

神様や善、純粋の象徴として「光」は、

悪である「闇」と対峙して表現されます。

 

 

 

次に「光」を象徴的なものではなく、

「自然現象」として化学的に捉える

芸術家が現れます。

 

 

ジョゼフ・ウィリアム・ターナー

講義のための図解「遠近法の図」

 

画家がキャンバスに造形を再現するための
構図(遠近)や色に「光」は欠かせません。
 
ターナーが美術学校の教授だった時、
講義のために使われた図解は、
現代も使われている理論です。
 

 

講義のための図解

「多様な遠近法の図」

 
対比や陰影、儚さ。
鏡面に映り込む世界。
 
光の描き方によって、
見る人の印象をも変えるのです。
 
私が認識していた風景画家とは違う、
学術的なターナーの側面が知れて
興味深かったです。
 
 
 

ジョン・ブレット

「ドーセットシャーの

 崖から見るイギリス海峡」

 

これぞ「光」の表現の集大成!とも言える

心洗われる美しい作品。

 

展覧会メインビジュアルに用いられてます。

 

 

どのように描かれているのか、

近くで凝視しても見抜けぬ程の

光の表現が緻密です。

 

 

 

 

ヴィルヘルム・ハマスホイ

「室内」

 

光は外だけではなく、

室内や生活にも欠かせません。

 
牧歌的(調和した生活感)でありながら、
ドラマが起こりそうな緊張感もある作品です。
 

 

「室内、床に映る陽光」

 
こちらもハマスホイの作品です。
窓枠や影の表現から静寂を感じます。

「室内画」の真骨頂を目の当たりにしました。

 
 
 
さて、ここまではテート美術館の序奏です。
ここからがテートのコレクションの厚さを
体感することになるのです!

 

 

 

ジュリアン・オピー

「トラック、鳥、風」「雨、足跡、サイレン」
「声、足跡、電話」
 
私の中でポップな人物画の
イメージが強かったオピー。
 
実はこの風景画は
コンピュータで作成されてます。
 
 
自分が思い込む風景が近づいて見ると
単純化されたイメージだったことに気づく衝撃作です。
 
オピーがなぜ人気なのか分かりました。
 
 

 

 

デイヴィッド・バチェラー

「ブリック・レーンのスペクトル2」
「私が愛するキングス・クロス駅」
 
出ました!
ハイパーインスタレーション!
 
さすがテートモダンを有する美術館。
一筋縄では行かない作品。
 
「光」が人工的になった現代では、
情緒よりも都市の混沌として、
様々な「光」が作品に用いられるようになりました。
 
 
 

ワシリー・カンディンスキー

「スウィング」

 

混沌としてきた近現代の中で、

芸術を学術的に分解した多くの偉人がいました。

 

カンディンスキーもその一人です。

 

何を描いているか分からない抽象画でなく、

音楽のように変幻して掴めない抽象的さを

作品に残したのです。

 

 

 

 

カンディンスキーと同じく

色や光を理論的に分析し、

バウハウスで教鞭を取ったのが

モホイ=ナジ・ラースローです。

 

モホイ=ナジ ラースロー

「K VII」

(作品撮影禁止の為、私が買ったモホイ=ナジひざかけでご紹介)

 
この方の凄さは、
色の重なりや組み合わせで表現する透明感を
端的に示したことかもしれません。
 
上の作品(ひざかけ)何かの絵ではなく、
絶妙な色とオブジェクトの構成の連なりで
画面上に透明感や鮮明さの違いを表しています。
 

 

 

 

他にもモホイ=ナジの

光の理論の映像作品「光の戯れ」が

上映されていたりと大興奮しました。

 

素晴らしすぎて、

ひざかけを購入した次第です。



 

 

さて、

現代アートに抽象的な表現が増えた要因は、

最速で具体的に表すメディアの発展によって、

鮮明な世界に対して問題提起する者が現れたからかもしれません。

(写真も映像も、コンタクトもネット情報も然り)

 

 

 

ゲルハルト・リヒター

「アブストラクトペインティング726」

 

描いた対象をキャンバス上で引っ掻くことで

新しいイメージを作り上げる、

リヒターのアブストラクト(抽象的)な作品。

 

これは新しいイメージなのか?

実は私たちが見るイメージは、

それぞれ統一されないことが

前提なのかもしれません。


 

私はリヒターの作品を目の前にすると、

この場で命を全うしても良いと思います。

 

▼リヒター監修のビルケナウ作品集を棺桶に▼

 

私は自分の最期の時には、

ぼんやりした鮮明でない世界を見ながら

命を引き取りたいと思うようになりました。

 

 

もし天国があるならば、

ジェームズ・タレルの「光」を全身に受ける

作品のような世界であればと思います。

 

 

今回の展覧会ではタレルの作品部屋もあり、

リヒターからタレルへの鑑賞移動は、

死生観をも揺るがす素晴らしい展示でした。

 

 

オラファー・エリアソン

「星くずの素粒子」

 

2023年東京での展覧会が大好評だった

オラファー・エリアソンの

インスタレーション作品も最後に体感できました。

 

鑑賞者の動きに反応して、

光と影が動く宇宙空間を表現しているような

幻想的な作品でした。

 

 

人は生の中で「光」を求めて、

死をもって「闇」のある宇宙へ戻る。

 

 

壮大な展覧会テーマ「光」でした。