先日、うつぼ公園に営業に営業に行ってきた。


普段よくいくところだが、「うつぼ公園ってなぜうつぼ公園」って言うんだろうと興味が出てきた。そして「靱」とは?


それでうつぼ公園のことを調べてみた。


雑喉場魚市場 (ざこばうおいちば)および靱塩干魚市場の跡地にあたる。雑喉場魚市場は大阪湾などからの鮮魚を一手に扱い繁盛し、海部堀川 (第二次大戦後埋め立て)沿いの靱塩干魚市場は干物や肥料にする干鰯などの海産物を全国から集めていたらしい。


ようするに魚屋さんがたくさん集まって魚市があったみたい。


そして靱公園のうつぼという名前の発祥はなんと太閤豊臣秀吉の時代に遡るのです。

豊臣秀吉がこの場所を家来と訪れた時に魚売り商人の掛け声を聞いたらしい。


「さあさあ、安いよ!安いよ!」と魚屋さんの威勢の良い掛け声だったらしい。


秀吉の耳にも当然、掛け声が聞こえてくる。活気あふれる市場の雰囲気に太閤さんもさぞかしご満悦であったろうと思われるのだ。政治家の心根(こころね)とはそうしたものである。


突然、秀吉が家来に話しかける。「先ほどから、安い!安い!と
言っておるが、それは靭(ウツボ)のことか?」


昔々、矢を入れて背中に背負う武具のことを靭(ウツボ)と言った。


それは矢を入れる武具なので、別名、「矢巣(やす)」とも言っていた。秀吉は


非常に聡明な人物で一休さんと同様に頓知(とんち)の利いた人物でもあった。矢を入れる


武具の「矢巣(やす)」と値段の安いの「安(やす)」をかけたのだ


つまり掛詞(かけことば)だったのだ。それを耳にした町民が太閤殿下より「靭(ウツボ)」の地名を頂いてそれを町名とした。それが現在まで引き継がれて


いるそうだ。町民にしてみれば、大変名誉なことで、太閤殿下からの賜りものはなん


でも有り難いものであったそうだ。

このように秀吉は大阪の商人や町民を非常に大切にしたそうであ

るが、彼らからの人気も大変なものであったらしい。



1931年の大阪市中央卸売市場の開場後に両方とも閉鎖され、大阪大空襲で廃墟となった。

戦後、約3万坪が占領軍に接収され、占領軍の常用飛行場、靱飛行場となったらしい。


お店の前で藁で焼いた高知直送カツオのタタキを南船場で味わいたい。

「うえの」



今日は南船場の高知から直送のカツオのタタキが最高の最高の「うえの」に行ってきた。注文したらすぐに店の外でカツオを藁で焼いてくれる、でき立てのカツオのタタキをキュッと冷やしてテーブルへ。もう最高ちゃうかな~ほんまに粋やで
ここは大切な人と是非是非行ってほしい。


http://www.medic-web.jp/shop/s10000714/index.html


これができたてのカツオのタタキ

梅酒もおいしそう

『うえの』の入り口

新鮮なお造りも最高。

落ち着いたカウンター

店主

カツオのにぎり


絶品のわら焼きと旨い魚介
旨酒楽食うえの

さすが南船場の名店!
旨い店とは聞いていたけど、ほんまに旨い魚介類!
珍しいメニューも色々あって、いつ行っても
その時々の旬が味わえるらしい。
沢山食べたけど、特に旨かったものを数品を…。

・初めて見た、まんぼうの腸の唐揚げ。
これがすごい!程よい歯応えに、旨味が凝縮されていて、
喩えは悪いけど、すごく上品で旨味のあるあぶらかす?

・かわはぎ(うまづらはげ)
肝(肝臓)と身をあえたようなもの。
あっさりポン酢に隠し味に七味。
旨味が凝縮されていて、とろけるような食感。
酒が進む進む。

・ふぐの白子
全く臭みはなく、あっさりポン酢がよく合う。
白子独特の濃厚な味を存分に楽しめた。

・ブリの藁焼きたたき
程よく脂の乗った鮮度の良いブリが、
藁の香りも香ばしく味わえる。
炙った部分と生の部分の歯応えと、
味のコントラストが楽しめた。

・エイヒレ
油断したら2~3皿は食べ続けられそうな美味しさと歯応え。

・枡とうふ
注文してから作るとうふ。
できたてのとうふはやっぱりうまい!
ほんまに『マンボウの腸の唐揚げ』にはびっくりした。
むっちゃ珍味である。初めてしってはじめて食べたうまかった。


あとは、これも初めて食べた『かわはぎ(うまづらはげ)
と肝(肝臓)』のポン酢和えは、メニューになく、珍味中の珍味であろう。

ほんまにお酒がすすんだなあ。

住所 :大阪府大阪市中央区南久宝寺町4丁目3-2アイビル1F
電話番号 :06-6245-0079
FAX :06-6245-0079
定休日 :日曜日
駐車場 :なし
カード可否 :不可
最寄駅 :大阪市営地下鉄御堂筋線 本町駅
ランチ営業時間(平日) :11:30-14:00
ディナー営業時間(平日) :17:30-23:30
ラストオーダー(平日) :23:00