人間にとっての自然とは何か
みなさん、こんにちは。
無痛整体師、武道家の西田です。
以下、武術研究家である甲野善紀先生のお言葉です。
ひたすら「人間にとっての自然とは何か」について考え続け、21歳の時、「“人間の運命は完璧に決まっていて、同時に完璧に自由なのだ”、そしてこの矛盾こそが自然の姿であり、それは言葉や理論を超えて体感をもって知るしかないのだ」と気づいたのである。
(こちらから引用させていただきました)
21歳・・・さすが、甲野先生です。
私は、お恥ずかしながら、50歳手前で気が付きました。
整体修行と、武道稽古。
私がこの道に入ったのも、人間にとっての自然を追究するためでした。
それが、自分がどうしてもやりたいことでした。
そのため、24年間勤務した会社を辞め、独立自営の道を選びました。
初めての仕事、初めての独立自営、初めての経験・・・
困難と苦労の連続でした。
今も、それは絶えません。
周囲の人たちにも、たいへんな迷惑をかけて参りました。
しかし、おかげさまで、それを通してたくさんのことがわかってきました。
最大の収穫は、自分の役割り、使命がハッキリしてきたことです。
でも、まだまだ入口付近をうろついているに、過ぎません。
人間の運命は、100%決まっています。
私たちは、何のために生を受けるのか、約束して生まれてくるのです。
しかし、実際にどう生きるかは、100%自由です。
すべての選択は、完璧に自分にまかされているのです。
そして、人間には「いま、ここ」しかありません。
この瞬間に何を考え、どう判断し、行動、実践するか。
一生、その連続です。
そして、必ず与えたものを受け取ります。
それが、宇宙の法則であり、自然の摂理です。
自然体で生きる。
自らそれを実践し、人さまをそのように導く。
それが、整体師の真の役割りだと私は考えております。
自然体で生きるとは、自然と調和することです。
宇宙の法則、自然の摂理に従って生きることです。
言い換えれば、自立して、自由に生きることです。
自由とは、「自らに由る」こと。
つまり自分に素直に、自分に嘘をつかずに生きることです。
某焼き鳥屋にてくつろぐ。自然体の写真です(笑)
現代は、息苦しく感じながら生きている人が、とても多い。
息苦しさは、生き苦しさです。
でも、それは自分でそうしているに過ぎません。
前述の通り、どう生きるかは、100%自由だからです。
人間は、自然の一部です。
ゆえに、自然の摂理から外れて生きると、苦しくなるのです。
残念なことに、それに気付かない人が、大半でしょう。
みんな、既成概念や一般常識に、洗脳されてしまっているのです。
整体師の役割りは、単に、痛みや症状を無くすことではない。
人間を、自然に還すことです。
真理に則って生きることの大切さを、お伝えすることです。
自分で自分の健康を守ることの大切さを、徹底して伝えることです。
自立して、自由に生きることの喜び、素晴らしさをお伝えすることです。
それが、人間としての真の幸福だと考えるからです。
そのような考えのもと、整体院経営と整体法講座運営をしています。
こんな整体院、ちょっと、他にはないかも知れません。
整体法講座も、同様です。
でも、私は、我が道を行く。
いばらの道ではありますが、絶対に妥協はしたくない。
自分が、最高だと思うことを実践したい。
・・・と、このようなことを書くと、「難し過ぎる」とよく叱られます(笑)
でも、これが、私にとっての自然体なのです。
等身大で、本気で、本音を書く、実践する。
不器用ではありますが、私にはそれしかできません。
スタッフの亜紀先生が、こことは別に、もうひとつ、整体院のブログを書いてくれています。
私や整体院の、また違った一面が、ご覧いただけると思います。
ぜひご一読いただけましたら、幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
無痛整体師、武道家の西田です。
以下、武術研究家である甲野善紀先生のお言葉です。
ひたすら「人間にとっての自然とは何か」について考え続け、21歳の時、「“人間の運命は完璧に決まっていて、同時に完璧に自由なのだ”、そしてこの矛盾こそが自然の姿であり、それは言葉や理論を超えて体感をもって知るしかないのだ」と気づいたのである。
(こちらから引用させていただきました)
21歳・・・さすが、甲野先生です。
私は、お恥ずかしながら、50歳手前で気が付きました。
整体修行と、武道稽古。
私がこの道に入ったのも、人間にとっての自然を追究するためでした。
それが、自分がどうしてもやりたいことでした。
そのため、24年間勤務した会社を辞め、独立自営の道を選びました。
初めての仕事、初めての独立自営、初めての経験・・・
困難と苦労の連続でした。
今も、それは絶えません。
周囲の人たちにも、たいへんな迷惑をかけて参りました。
しかし、おかげさまで、それを通してたくさんのことがわかってきました。
最大の収穫は、自分の役割り、使命がハッキリしてきたことです。
でも、まだまだ入口付近をうろついているに、過ぎません。
人間の運命は、100%決まっています。
私たちは、何のために生を受けるのか、約束して生まれてくるのです。
しかし、実際にどう生きるかは、100%自由です。
すべての選択は、完璧に自分にまかされているのです。
そして、人間には「いま、ここ」しかありません。
この瞬間に何を考え、どう判断し、行動、実践するか。
一生、その連続です。
そして、必ず与えたものを受け取ります。
それが、宇宙の法則であり、自然の摂理です。
自然体で生きる。
自らそれを実践し、人さまをそのように導く。
それが、整体師の真の役割りだと私は考えております。
自然体で生きるとは、自然と調和することです。
宇宙の法則、自然の摂理に従って生きることです。
言い換えれば、自立して、自由に生きることです。
自由とは、「自らに由る」こと。
つまり自分に素直に、自分に嘘をつかずに生きることです。

某焼き鳥屋にてくつろぐ。自然体の写真です(笑)
現代は、息苦しく感じながら生きている人が、とても多い。
息苦しさは、生き苦しさです。
でも、それは自分でそうしているに過ぎません。
前述の通り、どう生きるかは、100%自由だからです。
人間は、自然の一部です。
ゆえに、自然の摂理から外れて生きると、苦しくなるのです。
残念なことに、それに気付かない人が、大半でしょう。
みんな、既成概念や一般常識に、洗脳されてしまっているのです。
整体師の役割りは、単に、痛みや症状を無くすことではない。
人間を、自然に還すことです。
真理に則って生きることの大切さを、お伝えすることです。
自分で自分の健康を守ることの大切さを、徹底して伝えることです。
自立して、自由に生きることの喜び、素晴らしさをお伝えすることです。
それが、人間としての真の幸福だと考えるからです。
そのような考えのもと、整体院経営と整体法講座運営をしています。
こんな整体院、ちょっと、他にはないかも知れません。
整体法講座も、同様です。
でも、私は、我が道を行く。
いばらの道ではありますが、絶対に妥協はしたくない。
自分が、最高だと思うことを実践したい。
・・・と、このようなことを書くと、「難し過ぎる」とよく叱られます(笑)
でも、これが、私にとっての自然体なのです。
等身大で、本気で、本音を書く、実践する。
不器用ではありますが、私にはそれしかできません。
スタッフの亜紀先生が、こことは別に、もうひとつ、整体院のブログを書いてくれています。
私や整体院の、また違った一面が、ご覧いただけると思います。
ぜひご一読いただけましたら、幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。