改めて、亡き恩師のこと | 「整体師」という生き方 ~あなたがあなたであるために、心と身体にやさしさ、ぬくもり、安らぎを~
2011-12-27

改めて、亡き恩師のこと

テーマ:┣ 整体師への道
みなさん、こんにちは!
無痛整体師、武道家の西田です!

初心を思い出すために、以前書いた記事をリメイクしました。

私には、整体の師匠がおります。
心から尊敬し、心から愛する、恩師です。

師匠の名前は、故 村松幸彦先生。
村松先生がいなければ、私はこの道へは進んでいませんでした。
さらに申せば、この世にいなかったかも知れません。

村松先生に出逢ったのは、2008年の1月です。

当時、私はまだサラリーマンでした。
ある整体学院のセミナー。
何かに導かれるように、その存在を知りました。
清水の舞台から飛び降りる気持ちで、50万円を支払い、参加しました。
そのセミナーで、村松先生と出逢いました。

「俺は、この整体で日本を変えたいんだよ」

村松先生は、初対面の私に、そう言いました。
その時、私は号泣しました。

やっと、自分の歩むべき道を見つけた・・・

その道を先導してくれる師が見つかった。
それが嬉しくて、嬉しくて、涙が止まりませんでした。
魂が震える・・・そんな感じでした。

「整体師」という生き方 ~整体師への転職・独立自営、応援ブログ~-恩師 故 村松幸彦先生

その後、300万円を支払って、同学院の長期コースへ進みました。
なぜ、そんな大金を積んだか。
それは、どうしても、村松先生に教わりたかったからです。
当時、村松先生は、同学院の副学院長でした。
だから、村松先生に学ぶためには、そこへ行く以外になかったのです。

それから半年間、その学院の長期コースで学びました。
村松先生から、たくさんのことを教わりました。

「整体師」という生き方 ~整体師への転職・独立自営、応援ブログ~-恩師 故 村松幸彦先生

長期コースを卒業して、数ヶ月後。
2009年3月のことです。
突然、村松先生が副学院長を辞めたとの連絡がありました。

なぜ!?
理由もわからず、混乱し、困惑しました。

間もなく、村松先生から、直接電話がありました。
そして、大阪でお会いしました。

「この整体を学ぶ先生方を精一杯応援したい、ご縁のあったみなさんに成幸してもらいたい」

その想いを貫徹すべく、村松先生は旧職を辞されたそうです。
多くの誹謗中傷を浴びながら、たくさんのリスクを負っての決断でした。
当たり障りのあることをおそれない というブログ記事。
そこで当時の心境を綴っておられます。

「どうしてもやりたいんだよ、俺にしかできないんだよ」

村松先生の想い、熱意、行動に心を打たれました。
先生は、自らの名を冠した整体塾を立ち上げようとされていました。
それにあたり、私に手伝ってくれないかとのことでした。
返事は0.2秒、即決でした。

間もなく、村松先生の名を冠した整体塾が立ち上がりました。
講座に体験会・・・先生は、自分を犠牲にして、休みもロクにとらず、全国を走り回っていました。
まるで、何かに憑かれたように見えました。

私は、補助講師として村松先生の手伝いをしながら、多くを学びました。
その量と質は、長期コースの比ではありません。
学院時代には教わらなかった大切なことを、たくさん教わりました。
先生の姿から、整体師という生き方を学ばせていただきました。

「整体師」という生き方 ~整体師への転職・独立自営、応援ブログ~-恩師 故 村松幸彦先生

ところが、2010年の1月、村松先生は志半ばで、急逝しました。
眠ったまま、この世を去ったのです。
昨日まで元気にしていたのに、本当に突然の出来事でした。
ある意味、先生らしい去り方でした。
しかし、ひたすら悲しかったし、悔しかった。

「なんでやねん。一緒にやろう言うたやないか。なんで死ぬねん」

こんなにも涙が出るものかと思うほど、泣きました。
でも、涙が枯れるほど泣いた後、これは村松先生の慮りだと気付きました。

自分が生きていては、弟子たちが自立しない。
もう教えるべきことは、教えた。
後は任せるので、しっかりやって欲しい。

今でも、村松先生の深い愛情と真心を思うと、涙が止まらなくなります。
実は、今も涙をこぼしながら、この記事を書いています。

「整体師」という生き方 ~整体師への転職・独立自営、応援ブログ~-恩師 故 村松幸彦先生

その後、事情があり、私は先生の名を冠した塾を離れました。
そこでは、先生のご遺志を引き継ぐことはできないと判断したからです。

師を越える生き方こそ、恩返しの道

そんなタイトルの村松先生のブログ記事があります。
とても共感をいたします。

私は、技術的にも、人間的にも、未熟者です。
到底、村松先生の足元にも及びません。

しかし、村松先生の想いはしっかりと引き継いでいます。
そして、村松先生ができなかったことを、やり遂げます。

「いい生き方をしよう、いい人生を送ろう、幸せになろう」

それが、村松先生の口癖でした。
私も同じ気持ちでおりますし、それをみなさんにお伝えしております。

整体とは、生き方を整えることに、他ならない。

村松先生がいちばん伝えたかったのは、それではないかと思います。

村松先生のおかげで、私はここまでやってこれました。
いま最高に幸せですし、最高の人生を送っていると実感しています。

今度は私が、人さまを導く番です。
10年間で、私以上の実力をもつ整体師を500人育てる。
自らが幸せとなり、人さまを幸せに導ける、真の人財となっていただく。
さらに、業種や業界を超え、志と想いを共有する仲間をつなぎ、日本を変える原動力を創造していく。
その目標を必ず達成します。
それが、亡き師匠、村松幸彦先生への恩返しだと思っています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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