検査後の診察では、初診のときと特に変わりはない、という結果だった。
質問は?と聞かれ、ノートにまとめてきたことを質問した。順番はバラバラだったけれど、先生は1つ1つ答えてくれたり、さらに詳しく説明してくれた。
・進行度としては早期?何年もかけて進んだということ?
→そうです。
・右の下葉切除?区域切除?
→年齢的には下葉切除がいいと思う。
・リンパ節郭清もする?
→します。下葉切除とリンパ節郭清を一緒にするのが標準。
・リンパ節郭清の後遺症などは?
→2~3ヶ月、咳が出やすくなるがこれはおさまる。むくみなどはない。
・心臓の近く、ということでリスクはある?
→ありません(即答)。場所がそこだというだけ。
・入院はいつになる?
→今日ここで相談して決めます。
・仕事にはいつ頃復帰できる?
→退院後1週間ちょっとで受診して、問題なければいつでも復帰していいが、痛み次第。あとは咳が出るので、このご時世、まわりも気にするのでそのあたりを考える人もいる。
・肺を切除したあとの呼吸機能はどうなる?
→呼吸機能は9割ぐらいになるので、しばらくは息切れしやすくなる。
・リハビリを何かする?
→特にない、生活の中でやっていく。
・手術後の治療は?
→ありません(即答)、1A期は手術で終わり。ステージ2~3で転移があったら、半年で4回、2週間ずつ入院して抗がん剤。
・術後はやっぱり痛いですか?
→うーん、咳き込んだりすると痛いぐらいで、痛み止めでコントロールできる範囲。
・コロナのワクチンは順番が回ってきたら受けていい?
→術後2ヶ月たったら受けていいです。体力が落ちているときに副反応が出たら大変なので。
・入院、手術まで、普段の生活で心がけたり気をつけることは?
→特にないです。
・先生が手術してくださるんですか?
→そのつもり、日程が合えば。
・・・
ここまで話したところで、手術の日程決めに入る。先生は大きな紙のカレンダーを出してきて(急にここだけアナログでびっくりする)、「僕が手術できる日の最短はここ、そうすると入院がこの日になるけど、どう?」と2週間ほど先を提案してくれた。
「私もちょうどここまで仕事を入れているので、その日程でお願いできると助かります」
「あ、そう。じゃあ6月22日にコロナの抗原検査に来てもらって、23日入院、25日手術、30日退院予定ね。入院と手術の日はご家族にもきてもらってね」
「え、家族も来ないとダメですか?」
「ダメだよ、説明するんだから」
「…わかりました」
診察のあとは看護師さんとの面談、入院と全身麻酔の手術についてのDVD学習、再び別の看護師さんとの面談、医事スタッフの方からの入院の説明など、怒涛のように進む。
入院までに必要なこと、やらなくてはならないことは(先生は特にない、と言ったけど!)けっこういろいろあるようだった。
まず禁酒。なんともつらいが仕方がない。翌日から炭酸水に置き換えた。
禁煙は12~3年前からしているからOK。
(タバコをやめておいてよかった)
そして呼吸トレーニング。おもちゃのような器具を買わされて(4000円弱)、毎日(10回1セットを1日3回)やるように、とのこと。
器具は病院によって違うらしいが、今回購入したのはこちら↓
それからとにかく手術のための体づくり。しっかり食べる、眠る、歩く、など。
仕事の行き帰り、とにかく一生懸命歩いた。駅などは階段を使い、バス停はいくつか手前で下りるなどを続けた。
ものすごく健康的な生活。がんがある、ということを除けば。
早期ということで自覚症状はまったくない。
(コロナの無症状の人が陽性判定を受けたときの気持ちがわかるような気がした…)
ひどく理不尽だった。
症状は何もないし、健康的な生活をして体調もいい(元々あった不整脈も出ていなかった)。それなのに手術をしなくてはならないし、手術後は痛みや体力低下などが生じる。
理不尽だなあ、と思う。
しかし、がんはある。という現実に立ち戻りつつ仕事の調整を次々にこなす日々だった。
ふと恐怖が襲ってくることもあった。
でもそれにひたる時間もなく、毎日仕事と、歯磨きと呼吸トレーニングと歩くことをひたすら黙々と続けた。
とにかく目標は「手術ができること」だった。そう思うしかなかった。
そして手術の1週間前の夜、病院から電話。何事か!と思ったが、主治医から「手術を1日早めることができるがどうか?」とのことだった。退院日も早めてもいいし、予定通りでもどちらでもいい、と。
そんなことあるの?と思ったが、療養期間が1日増えると思い、6月24日手術、と決めた。