ちょっと眠りにつけないため、携帯メールからの投稿にCHALLENGEして、番外編を書いてみます。
 
モラハラのひとつに、児童虐待がありますが
その児童虐待について
 
児童虐待と躾と指導や教育は、どこが違うんでしょう。
 
ある人は、暴力をふるったら、すべて虐待と言い
またある人は、そこに愛情があるかないかの差だと言います。
 
意見は様々ですが、自分のことや、相談を受けた人やいろいろな著者を読むと
やはり、愛情の欠落に思えます。
 
子供が言うことを聞かないから
子供が思いどおりに成長しないから
自分のむしの居どころが悪いから(八つ当たり)
親は(教師にもあてはまります)こんな理由から言ってはならない言葉や暴力にでるのです。
 
ですが、言ってはいけない言葉
 
子供が生まれてから成人するまでに、絶対に言わない人は、どれだけいるでしょう。
 
特に人は、ホルモンバランスの月の周期によって
自分の感情を自制できなくなることもあります。
 
ママ達の茶話会へ行くと、私も虐待してるかも
私はおかしいのかも
と、心配し悩んでいる人もたくさんいます。
 
そんな話題があった時、いつも、ある児童心理学者に言われたことを思い出します。
 
「親も教師も人だから間違いもある。その間違いを子供に謝って、何故怒ったかを落ち着いて説明しないと、
子供には、怒られたことしか記憶に残らず、何がいけなかったのか。
いけないことをしたことすらわからないままになってしまう。」
 
 
児童虐待の差は、愛情の欠落と自分の過ちを認めることができるかできないか。なのではないでしょうか
 
 
※ですが。。
これを逆手に利用する、加害者がいるから、第三者判断は難しく
 
ニュースにまでなる事件に発展したりするのですがshin-sun-shinさんのブログ-095矢印(ダウン).gif