日々点描

日々点描

笑え、俺

 生徒手帳は、在籍学校の生徒である身分証明が本来の役割であり、他には校則や行事日程などが記載されているけれど、いちいち熟読する酔狂な学生などほぼ居ない。学外では、たまに学割利用に重宝するくらいで、常備していなくてもさして弊害はない。ことはないのだ。

 

 トンコの監視員――世間で教師と呼ばれる連中は、通学時や休日に至るまで、市内各地をウロつき学生の素行を見張ってけつかる。

 しかし、学内では威張り散らしていても外へ出れば只の一般庶民。おっさんやおばはんでしかない。だから、駅や商店街や道端で堂々と学生を叱りつけないのは、自分が恥ずかしいからだけである。

 

 学生同士で牛丼屋に入るのを見つけても、乗り込んで摘発なんてしない。向かいの本屋に張込み窓ガラス越しに監視を続け、出てきたところに背後から忍び寄りおいおまえらこっち来いと小さく声かけ、薄暗い横道や物陰に引きずり込む。

 ここでは叱らないし殴らない。誰の目があるからわからんからだ。

 傍目に、大人と子供の通りすがりの世間話を装い「ほら、出せ」と、生徒手帳を巻き上げて解放する。チンピラのカツアゲとまったく同じ構図である。

 返して欲しければ明日学校で職員室に出頭しろと、わざわざ言わなくても、そうゆうことなのだ。その場で指導決着させないから、むしろ始末が悪い。

 

 生徒手帳を持っていない者はすなわち不良と看做され続けてろくなことにならないので、即刻行くしかない。そこであらためてグダグダネチネチと粘着質に指導という名の誹りを延々と聞かされる。拝聴する姿勢は、洩れなく床に正座である。

 

 休み明けの職員室は、あちこち椅子にふんぞり返る教師の眼下に、正座でうな垂れる学生で床は埋まり、まさに二条城大政奉還の図の如し。職員室前の廊下には順番待ちの行列が伸びた。

 

 しかも、多くの場合一度の出頭では生徒手帳は返却されんのだ。