こんにちは
新くりにっくです
令和の時代が始まりました!
新たな時代のいく道に不安もありますが、
きっと実り多いゆたかな時代になる!
と強い願いをこめて旅先で書いています。
さて本日は、
新くりにっく開院記念日です
5年目を迎えます。
毎年思いますが、時間の過ぎ行く早さに驚いてしまいます。
新くりにっく
日頃から沢山の方々にお世話になり、
心から感謝いたします。
特に最近は、コミュニティールームを通し、
講師の先生方、お集まり頂く患者さま、地域のみなさまとの
繋がりも増え、重ねまして感謝しております。
心から御礼申し上げます。
さて
平成最後の日、
父より理事長交代のご挨拶をさせて頂きました。
本日は、心新たに理事長就任のご挨拶を申し上げます。
父のいう「田舎医者」というのは、地域医療に貢献する医者という大きな意味だと思いますが、この言葉に大学病院との距離、開業医の様々な想い、そして1人で患者を診続けるという開業医スピリットなど私なりに感じております。
「患者さまは、医者の教科書である」を肝に命じ
田舎医者のスピリットを忘れず、地域のみなさまそして、先人達に感謝すると共に、患者さまに寄り添い、地域の医療の発展に尽力してまいります。
また、当院コンセプトでもあります「病気にならない体作り、病気になっても戦える体作り」をスタッフと共に目指してまいります。
とはいえ、まだまだ未熟な新くりにっくです。
どうぞ今まで以上にご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
医療法人社団新内科医院
理事長 新 浩一
本日2019年4月30日
平成の時代が終わります。
そして、当法人理事長の父の79歳の誕生日でもあります。
昨日は、美川のなべ長さんで帰省していた妹家族と皆で祝いました。にぎやかな楽しい日となりました。
さて新くりにっくも5月2日は、開院記念日です。
5年目に突入します。
日頃から患者さま、地域の皆さま、関係者の皆さまには、
ご支援いただきまして誠にありがとうございます。
心から感謝いたします。
この節目に当法人、医療法人社団新内科医院の理事長を交代する運びとなりました。
これまで父が理事長として新内科医院、新くりにっくをけん引してきてくれておりましたが、
5月1日付で交代させていただくことになりました。
とはいえ変わらず父は、新内科医院の診療に従事していきますので引き続きご支援、ご指導のほどよろしくお願いいたします。
医療法人社団 新内科医院
新くりにっく 院長 新 浩一
理事長 新正浩より退任ご挨拶
この度、新たな時代の幕開けとともに当法人の理事長を退任いたします。
この白山市西柏町に開院しまして40年あまり、沢山の患者さま、地域の皆さまに支えられた年月でした。
医療法人化しましたのは、30年あまりですが、
ここで少しその前身である曾祖父、祖父や父の事を書き残させていただこうと思います。
私どもの道すじは、石川県小松市で田舎医者であった曾祖父 新源松から始まります。
祖父 新次郎吉は、今の金沢大学の前身である金沢医療専門学校を明治43年(1910年)に卒業いたしました。
その後、大正の初め石川県小松市ふらま村に『新醫院』を開業いたしました。
呼ばれれば昼夜を問わず山深くにでも往診に出向き、村の人々に大変慕われた田舎医者だったと今も話してくれる方がおりました。
その後、父 新正夫は、同市美川町に『新歯科医院』を開業いたします。
そしてわたくし、新正浩が昭和55年(1980年)に同市西柏町に『新内科医院』を開業させていただきました。
この開業のきっかけは、祖父次郎吉をみとったことが大きな決め手となりました。
当時、金沢大学の医局員として勤務していた私は、祖父の臨終に呼ばれました。そのとき、祖父は91才で、その前日まで診療し、自身の医院で朝方倒れていたのです。その連絡をくれたのは、前日投薬された薬を取りに来た患者さまでした。そんな中、その祖父次郎吉の最後の脈をとりました。
今も鮮明に私の記憶の中にある光景です。
当時は、今より医者患者の垣根のない時代だったのでしょうが、地域に根付く田舎医者のうらやましい程の最後だと感じました。
そして、私も田舎医者となり後任者に伝えたいことは、
「患者さまは、医者の教科書である」
ということです。
後任には、長男 浩一が就任いたします。
次期理事長にもこの気持ちを忘れないように期待しております。今後とも変わらずご指導、ご鞭撻の程よろしくお願い致します。
医療法人社団新内科医院
理事長 新 正浩





