この1週間は移動の週です。



ホーチミン→大阪→東京
→千葉→東京→神奈川



そして今は大阪への帰路車中なのですが
移動の先々で氣絶してました苦笑


が、昨日の神奈川で氣が満ちました。




神奈川とは
関東出張の折に寄る
祖母と叔父叔母夫妻の家のこと。



小学生の頃は
ほぼ毎回夏冬休みの間
預けられていた



企業戦士であった叔父と
専業主婦の叔母の紡ぐ家庭の中で
一年のうち2ヶ月近くを過ごし

ここの家族旅行にも
なぜか私だけ参加していて笑



この家にあの頃触れていたから
大きくグレなかったんだろうな…と
思うことしばしばです。笑笑

企業戦士をリタイヤし
ホームシェフとして腕を振るう叔父のお料理





で、この家に来ると
祖母も交えた食卓では
今日の出来事を報告し


祖母が休んだ後は
さらにさまざまな出来事などを
語り合う時間を過ごすのですが



私が私の母(叔母の姉)との
最近起こったコミュニケーションと
母との関係について話をしたとき



叔母がふと




人間は誰かのものではないし
ひとりひとりが別の人


それぞれが寄りかかるのではなく
ひとりひとりが立つのが良いよ


と言ったのでした。


そして更に


むしろ人に対して少し冷たく思われる
くらいでもいいんだよ


自分にストレスをかけるのが
一番良くないし
その状態でいい関係なんて作れない


人は1人では生きていけないように
出来ているし、思いやりはもちろんあるけど

寄りかかるのではなく
ひとりひとりが自分で立つものだよ



と続きました。



先週から今週にかけて
ずっと経験していたことの答えのような
一言でした。



実は数日前までのホーチミンで


滞在先の友人に完全に依存した私と
私を依存させてあげようとした友人は
再会2日目の夜、大衝突したのでした。



滞在中ずっと寄り添って
過ごすつもりだった2日目の大衝突で
その夜は夜中3時まで
別々の部屋で顔をあわせられませんでした。


結局、翌日彼の仕事のトラブルで
日曜にもかかわらず
急遽彼が仕事をしなければ
ならなくなるという

お互いにお互いで動かないと
いけない状況を作り出したことで

互いが互いを程よい距離感で
思えるようになり

私は私に出来ることをしたいと
彼の夜食にジャパニーズカレーを作る笑笑



前日も朝から夜中2時まで休みなく
パソコンと電話を手放さず
仕事をし続けて



恐らくこの日も私が空港に向かうまでに
帰ってこられないんじゃないかな…と
思っていたら



空港に向かわないといけない時間の間際に
カレー用のごはんを山のように両手に抱えて
仕事を途中で放り出して帰ってきました



お昼ごはんを食べる時間もなく
一日中携帯で電話をしていたから
手の震えが止まらないんだといいながら


とにかくスーパーで必要そうなものを
買ってきたよと帰ってきたその姿は
忘れられません



この後カレーを食べながら
残された時間で
色んな話をしましたが

結局お互いにお互いに寄りかからず
でも思いやる関係だと
うまくいくんだなぁと

そしてその想いはただ伝えるだけで
現すだけでちゃんと伝わるんだと
カレーの味とともに腑に落ちたのでした。



人は必要な時に必要なことは
聴くようにできています。



だからこの事


人は1人では生きていけないように
出来ているし、思いやりはもちろんあるけど

寄りかかるのではなく
ひとりひとりが自分で立つものだよ


は、愛する叔母からの愛として

そして私がわたしに聴かせてくれた愛として
受け取ります。



そしてこれを読んだかたにも
愛と共にこの言葉が届きますように。



かしこ