今出発を待つ
タンソンニャット空港のロビーにいます。


表題の言葉がわいてきたので
記しています。


というか、表題の言葉に尽きるので
記しすぎると過剰になるかもですが




普段見ている世界があまりにも
濃密になっているとき


そこにばかり目がいってないか?を
確認してみるために


木を見て森を見ずになっていないかを
心理的にも物理的にも確認するために


自分が身を置く場所を変えてみると


※心を過剰に普段の世界に置いてなければ



やはり別の世界は広がっていて
自分の悩みが
どうでもいいことだと氣付いたり


または普段の世界に
どんな問題が起こっているように見えたって


それ以外の世界はごくごく普通に回っていて


なーんだこういう世界もあるやんか


と、張り詰めていた氣が
ちょうどいい具合に緩んで
ニュートラルになったりする。



で、普段の世界とは別の世界ってどこ?
となった時



自分がピンとくる場所なら
どこでもいいと思うのですが



それが海外だったりすると



距離が
時間が
お金が
治安が
交通手段が
同行者が
言葉が




などなど、心理的にも物理的にも
距離を遠く感じようと思えば
いくらでも感じられるんだけど




逆にいうと





よし、行く






と決めてしまえば後は何とかなる。



距離→移動完了すればあっという間になる
時間→自分がいなくても世界は回ってる
お金→見栄のためで無ければ後からついてくる
治安→備えれば良い
交通手段→日本に住んでいて
調べられないことなどほぼ皆無
同行者→いなくていい
言葉が→言語以外の
コミュニケーションがある




と、こんな感じ。



そしてここを超えると



世界中どこでも距離は
自分が決めていると氣づく。




世界中どこだろうが
たとえ近所のスーパーだろうが




行かない理由を作れば行かないし





移動に丸一日かかる外国でも





行くと決めれば即行ける。






なんてシンプルなんだろう。





またひとつ自由になったと感じます。





そしてこれを読んでいるあなたも
きっとまた一つ何かから
自由になるのだと思います。




扉の鍵は実はすでに開いているのに
その扉を開こうと
していないだけなのかもしれません。





かしこ。