「誕生日はママの手料理が食べたい」
そう聞くと
お寿司とか焼肉とか
どこかへ外食ではなく
ママの手料理❤
って感じに聞こえて
素敵だなって思いますよね。
そんな言葉を娘に言われるのは
私のお友達の
ゆうひちゃん。
今、こみいった料理を思い浮かべたあなた、、、
違うんです(´∀`*)ウフフ💕
ちびまる子ちゃんで
こんな回がありました。
花輪くんに、
最高に美味しい料理を食べさせてあげると
招待されたまる子たちが
どんな料理が出るんだろうっと
ヨダレたらたら行ったら
花輪ママの卵焼きだった。という話。
とっても自慢げな
花輪くんが印象的でした。
ゆうひちゃんの娘さんが
花輪くんと同じ想いかはわからないけど、
家族の体感的に
ゆうひちゃんが
ご飯を作るのは年1,2回だそう。
なにせゆうひちゃんは
常に
日本全国飛び回って
人生を謳歌してるからね。
まさに先日は
謳ってたし
ご飯作らない話を
先日
しむコミュニティ
『自分部』でしてくれた時に、
メンバーが大層驚きまして。
私は前に聞いていたので
あまり衝撃がなかったし
本人もまわりが
そんな方々ばかりだから別に、、、
という感じだったのですが、
世間一般的にみたら
まだまだ
【自宅で女性が料理をする】
って感覚の方は多いですよね。
妻だから、
母だから、
女だから、
と『なんとなく』
その役割をやってる人
おられると思うんです。
私も母がご飯作っていたので
結婚したら、
当たり前のように
ご飯を作り始めたし
今でも月の半分は作っています。
ゆうひちゃんの話を聞いてて
【やらないのも自分の能力】
だなっと思ったんですよね。
人は
なにかをする時
【自分は何が出来る人間か】
って物凄い考えて
棚卸ししたりするじゃないですか。
そうじゃなくて
【やらない】
という感覚を
【持っている】
も才能だったり、
能力だったり、
棚卸しすべき事だよな。
って思いました。
私は大学4年の時、
就活を一ミリもしなかったんだけど、
その感覚になれる自分って
ウリですよね。
やりたくなかった😆ってだけだけど、
その感覚になれる事
自体に価値がある。
って、思います。
誰もが
【普通にやってしまう事】を
【それはやらない】
ってしれっと思える。
世間の同調圧力的な
無言の集団合意。
〇〇は〇〇である。を抜け、
【自分の感覚に
従うセンサー】
それが長けてる人が
これからの時代の人だな。
と思ってる。
あなたの
出来る事じゃなく
【やらない】はなに?
それが次の時代のを
ひっぱるエネルギーの鍵だよ!
ゆうひちゃんに続け🦖🪽✨
(写真)
丁度良く
私とゆうひちゃんが
夕飯は作らないで
買う写真があったw
家が近いのだ。
そういえば、
元旦那のお母さんも全然
作ってなかったなぁ👀‼️



