イギリス留学、その後の7カ国での国際教育プログラムを修了。
この一年で学び得たことは、これから紡ぎ出されてくるでしょう。
感受性の触手で私の心を揺さぶった事象を、文章で表現します。


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2007年07月18日(水) 00時59分52秒

「二兎追う者だけが、二兎を得る」

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これは、ドコモのCMで使われたコピーである。一つのケータイで二つの番号とアドレスを持てるシステムをアピールするものだということだが、あまり伝わらない。あえて伝えないのだろう。その実用的なシステムの紹介を飛び越えて、このコピーは私をガツンと震えさせる。

 私たちはどれだけの二兎を諦め、一兎を追いかけてきただろう。しかし、人生において二兎を追うべきときが、必ずあるはずである。ある転職会社の広告では「Do you work to live? Or live to work?」とあった。働くために生きているのか、生きるために働くのか。私は真っ先に「両方だ」と答えるだろう。はやりの言葉を使えば、ワークライフバランスだ。働くことが生きる意味を与え、生きることが働く喜びを与える。

つづきはまた明日・・・おやすみなさい。

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2006年09月07日(木) 00時26分09秒

響く気持ち

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 の名は晋平。「晋」という漢字は、大昔にたどってみると「的と弓矢」を描いた象形文字なのです。「日」という的へ放たれた「↓」のような弓矢が見えてきませんか。「平」という漢字は、均衡のとれた状態を表しています。つまり、「争いのない世界へ突き進む」という、大それた名前なのです。ここで問題。ジャジャンッ。人と人が鍋を囲み、音を奏でる。さ~て、この状況を描いた象形文字は、どの漢字でしょーか。

 

 解は、「響」という漢字。まず、上半分「郷」の部分を、縦に三つ分解。三つのうち、両側の二つは、もともと二人の人間の姿でした。そして二人の間には鍋。よって「故郷」とは、誰か迎える人がいて、ともに食事を囲む場所なのですね。そして、「郷」に「音」が加われば、ヒビク。「響く」とは、言葉や音楽が、まるで故郷のように感じられることなのではないでしょうか。自分の奥底にある故郷、価値観、アイデンティティを共鳴させるのでしょう。



音譜この夏休み、私の心に響いた、三つのお話。





You should be not a taker but a giverビックリマーク


雨による水害。道路を危険な川に変えてしまう土石流。押し流されていく家。この七月に突然、長野県を襲った。十人以上が死亡。

は今、その災害現場へ向かう電車のなかにいる。早朝六時。こんな気持ちよく晴れ渡った青空のしたに、容赦なく不幸な現実がある。生まれ育った長野で困っている人たちを少しでも笑顔にできたら、私は幸せだ。災害復興のボランティアを通じて、現場を直に感じてみたい好奇心もある。

分がどれほど協力できるかもわからないまま、電車は走る。実際に行ってみて、何もできないかもしれない心細さ。一歩間違えば、逆に迷惑になってしまう不安。でも、「リスクをとって挑戦してこそ、成長できる。」「自分がもつ何かを与えてこそ、自分がもたない何かを得られる。」というのは、以前参加した国際教育プログラムUWPでの教え。


町の組織力UFO


時間経ったころ、駅に着き、そのころには心構えも完了。このボランティアの機会を紹介してくれた友達と、現地でおち合う。彼女もUWPで共に学んだ仲間だ。臨時に組織された災害復興所は元・大型ショッピングセンター。今日だけで、なんと約250人ものボランティアが集まっているそうだ。みんな黒く光る長靴を履いていて、タオルを首にまき、すでに戦闘モードだ。一方の私たちは、動きやすい格好であっても、スニーカーと明るい色の服で遊びに来たように見えてしまう。

育館のような復興所内に入ると、大きな文字で順路が示されている。まず名札コーナーで自分の名前や電話番号を登録し、名札を体につける。次にどの活動が適しているかのマッチングコーナーがあり、説明コーナー、道具貸し出しコーナー、水分補給コーナー、バスへと続く。休憩で帰ってきたときは、うがいコーナー、お昼ご飯コーナーへと誘導してくれる。このオーガナイズの素晴らしさは何に起因しているのだろう。この拠点をつくる準備時間は僅かだったろうに、すっきりとした論理性とあたたかな気配りに徹している。

コップ、マスク、軍手、新品の長靴を貸してくれ、熱中症にならないようにペットボトルの水を何本も持たせてくれた。遠くからよく来てくれたね、という元気なおばちゃんスタッフたちの笑顔もプレゼント。いくつかのチームごとに分かれ、大型バスに乗り込む。使命を任されたヒーローの心地。勝手にだけど。


初対面でも仲良くなるベル


の町で一番被害が大きかった区域に到着。大雨から一週間ほど経っていたが、未だに茶色の泥水が一部の道路にあふれて次々に流れている。見渡すと、大きな板を何枚も水で洗っている人たちがいた。不思議に思い、チームメンバーのおじさんに聞いてみた。その板は「床板」なんだそうだ。「床板」だったのだそうだ。家の床の上まで土石流が達してしまった実状がありありと見える。

たちのチームはまず、家の前にある水路の土砂をかき出す。とりあえずの応急措置だ。チームメンバーは10人ほどで、地元の小学校教師たちが多い。私とは全員が初対面。こんなとき、UWPでの体験が役立つ。一週間ごと異なる都市で、ホームステイと、現地の人と地域活動をしてきた。限られた時間と限られた言語を使って、いかに仲良くなるか。これが私の挑戦だったのだ。一緒に汗を流して、楽しさや喜び、悲しさや悔しさを共有することが仲良くなる近道。その振れ幅が大きいほど親密になれる。ともに水路の土砂をかきだし、同じ時間に休憩をとることで、徐々に不信感の壁がなくなっていく感覚がある。リーダーの先生はこまめに休憩と水分を取らせ、熱中症に気を配る。


仕事のやりがいとは、成果の実感アップ


に向かったのは、細い路地。この細い道は、川になっていたそうだ。その怖さを想像する。そこにたまった土砂を巨大な袋に入れていく。そこまでは人の手でやり、あとはその袋をショベルカーで持っていくという。チームはうまく機能し出し、スコップの運び具合が早い。みるみるうちにきれいになっていく。最後は竹箒で細かい砂までなくなった。みんなでそのビフォアアフターの違いを喜ぶ。

うして成果がありありと見える嬉しさが、仕事のやりがいの本質なのだろう。大の大人が休み時間をとることも忘れ、スコップに夢中なっている姿は不思議なものだ。仕事をする喜びが、そこにはある。みんな、輝いている。その道に面した家のおばあちゃんは、「ありがとうございました」とほんとに感謝を示してくれた。なんだろう、この充実感。


つらさと楽しさの振り子ひらめき電球


業が終わると、リーダーのおじさん先生がUWPの友達を下の名前で親しげに呼び会話している。それを見た他の先生たちが、それを笑顔で冷やかす。おじさんもそれに応えて楽しそう。バスへ戻る道を歩いていると、いきなり、土砂をたっぷり載せたリアカーがゴォーゥとすごいスピードで下りてきた。それを運んできたお兄さんは笑顔。メンバーの先生がたの知り合いだったらしく、あいさつをする。どうやらどれだけ速く運べるかを楽しんでいるようだ。先生たちも笑っている。

日、ボランティアの心構えとして、説明されたのは、「元気にやるために、笑いながらやりましょう」というものだった。こういう悲しい状況のときこそ、ユーモアや笑いが必要なのだ。事実、私たちは疲れを忘れ、慣れない肉体労働を楽しんだのだ。自然の力が大きい現状を見せ付けられたが、それが振り子となるように、人間の持つ力も大きいと感じる。つらい状況に置かれたときこそ、人は「生きよう」とするのだろう。


行きかう助け合い虹


っきのチームで仲良くなったおばさんと一緒にお昼ご飯。支給されたおにぎりとは別に、おにぎりやたくさんの漬物やおかずをいただいた。すべてがお手製だ。懐かしい味がする。話を聞いてみると、その方はなんと72歳だそうだ。いままで普通にスコップで作業をしていたのに。戦争のころから畑仕事をしてきたから丈夫な体なんです、だって。

の町ではボランティアの講座を開いているそうだ。ボランティアでデイケアの施設をつくり、運営もしている。そんなボランティア活動の下地があるからこそ、今日にもつながっている、と話してくれた。ここにはボランティアが休めるように毛布まで用意してくれ、いたれりつくせりだ。新潟からスイカの支援もあったそうだ。これは新潟中越地震のときに支援した、そのお返しらしい。後の作業でのバケツリレー。初対面同士のチームプレー。ここでは、助け合いが行きかっている。


桜井和寿が歌う『to U


「光と影と表と裏 矛盾も無く寄り添ってるよ

私達がこんな風であれたら

 

 然と人間。悲しみとユーモア。仕事のつらさとやりがい。私たちはこの繊細なバランスのなかで、生きている。


「また争いが 自然の猛威が 安らげる場所を奪って
眠れずにいるあなたに 言葉などただ虚しく 
沈んだ希望が 崩れた夢が いつの日か過去に変わったら
今を好きに もっと好きになれるから
あわてなくてもいいよ」



 の災害自体も、私がボランティアで体験したことも、過去になっていく。



             【つづく】


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2006年07月22日(土) 08時55分14秒

「となりのトトロ」再考して最高。

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月。山々は木々の緑に彩られる。その緑色は単なる緑じゃない。その山の遠近ぐあいで青くなったり、時には紫色になる。何気なく「山は緑」というけれど、そうではない。山自体ではなく、木一本一本の緑の集まり。葉っぱ一枚一枚の緑、何億枚もの緑の集合体を一度に見ているわけだ。その葉が風に揺られれば、まるで山が生きて呼吸しているように見える。

るさとの長野にいると、「田植えの時期」を肌で感じることができる。今まで茶色だった田んぼに水が張られ、空の青色や山の緑色を映し出すようになる。その水に黄緑の苗がきれいに植えられていくのだ。黄緑のグラデーションに覆われた半透明な田んぼの水面に映し出された山々は、最高に美しい。この気持ちの良い季節を舞台にしているのが「となりのトトロ」。サツキとメイという名前は、どちらも五月。

 私たちの忘れ物流れ星

のプロモーションでのコピーは「忘れ物を届けにきました」だそうだ。経済に力を注いでいった現代日本社会の「忘れ物」。イギリスに留学していたとき、彼らは「Green」と「Fresh air」に価値を置いていた。ロンドンは人が多すぎるし、空気は汚れている。だから、休日には郊外にきれいな空気を吸いに来るのだと言っていた。この感覚を持った人の割合が日本に比べて多い印象だった。イギリス留学のあとに参加した国際教育プログラムのUWPでの日本滞在では、外国人が長野を気に入ってくれた。なんて「Peaceful」なところなのだと。こんな見方は今までしてこなかった。経済的な発展は都会より遅れていて、都会に比べて「ない」ものが多いと思っていたけど、彼らの視点を借りて長野を見てみると、ここには自然や人々の穏やかさが「ある」ことに気づいたのだ。その「自然と人々の穏やかさ」が私にとっての「忘れ物」だったのかもしれない。



お化け屋敷も夢見る場所になる虹


なりのトトロ」に出てくる日下部一家。大学教授の父と入院中の母、そして12歳のサツキと5歳のメイ。彼女たちが「忘れ物」に気づかせてくれる。この物語は、トトロが主人公の単純なファンタジーではない。現代人が忘れかけている「自然や家族に対する気持ち」がリアルに描かれているのだ。

都会から田舎へ引っ越してきて、まず、「木のトンネル!素敵ね」と駆けていく。自然がつくる情景に感動できる純粋さが、心地いい。都会から来たのだから、「デパートがないね」とか「汚いところね」と言ってがっかりしてもおかしくないのに、言わないのだ。逆に、感動して楽しんでしまう。

っ越した家は、年季の入った日本家屋。村の子どものカンタからは「お前の家はお化~け屋~敷」とからかわれるほどだ。腐敗して倒れそうな柱まである。子どもたちは、今までと違った環境に引っ越してくる不安がただでさえあるだろう。しかし、お父さんは「二階の階段はいったいどこにあるでしょ~かっ?」と、骨が折れる引越しをゲームに変えて、子どもたちを楽しませながら手伝わせる。子どもたちはそれに応えて、「あれ~?あれ~?」と笑いながら駆けていく。

階に上がったサツキは「マックロクロスケ」を見て「お父さん、この家やっぱり何かいるみたい」と、不安になる。それに対してお父さんは、「そりゃすごい!お化け屋敷に住むのが父さんの子どもの頃からの夢だったんだぁ」と笑って答える。お化けという不安材料も見方を変えれば、楽しみな夢にまでになってしまう。おばあちゃんにマックロクロスケのことを言うと、「にこぉにこぉしてれぇば悪さはしねえし、知らないあいだにどっかにいっちまぁうんだぁ」「今頃ぉ、引越しの相談でも、ぶってんのぉかな」と言って安心させてくれる。お化けだって友達のように思えば怖くないし、サツキたちと同じように「引越し」という俗世的な会話をしていると思うと、笑ってしまう。

、家族三人でお風呂に入っているときに、強い風で家が壊れそうな音がする。あたりは静かで強風の音しかしない。子どもたちは不安になり、お父さんに寄り添う。お父さんは「みんな笑ってみな、おっかないのが逃げちゃうから」と大声で笑い出し、サツキとメイもまねをする。入院しているお母さんから「新しいおうちはどう?」と聞かれると、サツキは「お母さん、おばけやしき好き?」「好きよ」「良かったぁ、嫌いじゃないかって心配してたの」と真剣に会話する。お父さんの心の広さ。それに包まれた子どもたちのあたたかさ。


日下部おとうさんの父親力 星


じゃまたくしぃ!」と喜んで自然の生き物と遊ぶメイ。考古学者のお父さんは家の軒先で論文か何かを書いている。その庭先で遊ぶメイに「おじょうさん、おべんとさげてどちらへ」と尋ね、メイは「ちょっとそこまで」と気取って答える。二人にとってお決まりのようだ。「おとうさん、おはなやさんね」とメイが摘んできた花を仕事中の机に乗せていっても、お父さんは怒らない。逆に、その花を見ながら仕事を進めるのだ。仕事の邪魔になるからひとりで遊んでなさい、ではないのだ。

 

イはあるとき小さなトトロを発見する。それを追いかけていくと大きなトトロと出会う。そのことをサツキとお父さんに言い、道順を案内するがたどり着けない。「トトロ、ほんとにいたぁんだもん」と泣きそうになるメイ。このときのお父さんの問題解決力に脱帽。やさしく近づき、こう言うのだ。「うん、お父さんもサツキも、メイが嘘つきだなんて思っていないよ。メイはきっとこの森の主に会ったんだ。それはとても運がいいことなんだよ。でも、いつも会えるとは限らない。さあ、まだあいさつにいってなかったね。塚森にしゅっぱぁつ。」

ず、「嘘つき」とは思ってないとやさしく言う。信じてくれないという不安を取り除き、信頼される安心感を与えるためだ。次に、一度会えたことだけでも「運がいい」とその貴重さを説明する。トトロに今は会えないという悲しさを取り除き、むしろラッキーだという幸福感を与えるためだ。最後に、「塚森にしゅっぱぁつ」と元気良く次のアクションに進める。「塚森」とは森の神様を祭ったところだ。ふがいない状況を一挙に解決してしまった。メイは元気に歩いていく。

森に着くと、その大木を見上げ、「立派な木だな。きっとずっとずうっと昔からここに立っていたんだね。昔々は木と人は仲良しだったんだよ。お父さんはこの木を見て、この家がとっても気に入ったんだ。お母さんもきっと好きになると思ってね。」子どもたちにとって、ただ「自然を大切にしないさい」とか「温暖化だから」とかより、どれほど気持ちよく効果的に伝わったことだろう。そこにはお父さんの自然に対する畏敬の気持ちと家族に対する気持ちが溢れているからだ。決して押し付けのメッセージではなく、視点や思いを示しているだけだ。しかし、そのインダイレクトな言葉は、子どもたちの胸に深くストレートに刻まれたであろう。

にお父さんは「気をつけ。メイがお世話になりました。これからもよろしくお願いします。」と手を合わせて祈る。子どもたちもそれに倣う。ちゃんと感謝の気持ちを忘れない。祈る、ということ。決して科学的ではないし、合理性のある成果をもたらすとは限らない。では、その価値とは何だろう。それは、祈る謙虚な気持ちが、実際の行動に現れることではないだろうか。自然の恵みに祈れば、自然を大切にする倫理観が自分のなかに出来上がる。その自分のなかの法律によって、日々の行いに違いがでてくるはずだ。お父さんは、さりげなく自分の倫理観を子どもたちに示している。



サツキのコミュニケーション能力アップ

ス停で、サツキとメイがお父さんの帰りを待つ。静かな雨の夜。傘を持ってないお父さんに傘を渡すためだ。なかなかバスは来ず、メイは疲れてサツキにおんぶしてもらい眠ってしまう。そしてサツキは初めて、トトロと出会う。こっちは猫バスを待つためだ。雨にぬれながら待っているトトロに「あ、待ってね。貸してあげる」とお父さんの傘を手渡す。初対面の怪物にもサツキは気をつかい、やさしい。

ではマスコットキャラクターとなったトトロだが、初めてあの巨体を目にしたら怖いだろうに。そんなこともお構いなく受け入れてしまうサツキ。傘という道具を知らなかったトトロが戸惑っていると、「早く。メイがおちちゃう。こうやって使うのよ。」と教えてあげる。焦らず、臆せずに言ってのけてしまうのだ。現代の日本人にとって、初対面への相手に対する積極性は貴重だ。サツキなら、どんなに文化背景が違う外国人とも積極的にコミュニケーションをとっていけるだろう。 

のお礼にサツキたちは種をもらった。「おうちの庭が森になったら素敵なので、庭に蒔くことにしました。」とお母さんへの手紙。「おばあちゃんの畑って宝の山みたいね。」と獲れたてのキュウリをかじる。トトロは純粋な子どもにしか見えないそうだ。森を純粋に愛するサツキたちは、トトロにとっても魅力的に映っただろう。空飛ぶコマに乗ったトトロにつかまって、空中を滑空するときは「メイ、あたしたち風になってる。」と素直に感動する。新幹線に乗った俺は、「俺たち、風になってる」と感動するけど、共感してくれるかな。今度、新幹線に乗ったら、ぜひトトロや猫バスで疾走する心持で車窓を眺めてほしい。



ツキは入院しているお母さんのぶんまでしっかりしている。お父さんがまだ寝ている間に朝食とお弁当を手際よく用意し、メイに火鉢での焼き魚を手伝わせて面倒を見ている。登校初日にはもうすでに一緒に行く友達ができていて、お父さんを驚かすが、サツキは平然と「いってきま~す」と駆けていく。

んなサツキが唯一涙をみせたのが、病院から電報が届いたときだった。ほんとは心細いという気持ちが堰を切ったように出ていた。それまでは一切そんな素振りは見せず、元気いっぱいに見えたのに。お母さんと一緒の布団で寝たいというメイをなだめて、笑いに変えてしまうサツキなのに。病院でお母さんは、お見舞いに来たお父さんにこう言うのだ。「あの子たち、見かけよりずっと無理してきたと思うの。」

なたの「忘れ物」は、何ですか。

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2005年08月31日(水) 13時30分59秒

自分へ贈る、がんばれの詩

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 ゃべれない。言葉がすぐに出てこない。思い浮かんで話そうとしても、すでにその話題から移ってしまっている。言いたいのに、言いたいことが言えない。気持ちを伝えたいのに不完全燃焼で終わってしまう。残った酸化物はのどに詰まったまま。アメリカへ来て以来、悩んで、悩んで、頭がいっぱいになって。日本に居る友達や、このプログラムに参加しているメンバーに相談して。


んな中で、思うのだ。


かにしていて 硬い石といわれるならば

したたかに輝く鉱石になればいい

かにしていて 閉じた貝といわれるならば

深海で光を清める真珠になればいい

かにしていて 暗い虫けらといわれるならば

暗闇を暖める蛍になればいい


かにしていて 無口といわれるならば

笑顔で安らぎを配る存在になればいい


の鉱石はダイヤモンドのように

強く輝けないかもしれないけど

不思議な力を内に蓄えられるだろう

の真珠はゴージャスに

大きく育たないかもしれないけど

中身の詰まった彩りを持てるだろう

の蛍はオフィス街で

煌々と光れないかもしれないけど

疲れた心の暗闇をやさしく照らせるだろう


ッコいいヒーローにはなれないかもしれないけど

出会った人の涙を見守ることができるだろう


ずは今の自分を肯定しよう、と思うのだ。



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2005年08月11日(木) 15時05分14秒

アメリカ入国to Denver Int. Airport

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 ンフランシスコ国際空港に着くと、30日の昼だった。東京を飛び立ったのが、30日の夕方。どうやら9時間フライトに費やして、14時間過去へタイムスリップしたらしい。んーワケガワカラナイヨ。いったい夜はいつ来るんだ。

 メリカに着いたからといって、ゆっくりしていられない。これから入国審査を済ませて、今度はデンバー空港に向けて乗り換えなければならないのだ。そのタイムリミットは1時間ちょい。東京のスタッフに「何かあってもし到着が遅れるようなら、この現地の電話番号に連絡して」と頼まれたメモがなにやら不吉。入国は指紋採取あり、写真撮影あり、厳しい尋問あり。日本外務省のホームページで事前に把握しておいたし、審査に慣れていたから、作り笑顔でいられた。半年前の俺だったら泣いていたこと間違いない。テロの影響で厳しく、予想以上に長い長い列は渋滞。時間は刻々と過ぎる。なんとか七人無事に入国し、乗り継ぎのゲートナンバーを素早くスクリーンでチェック。

 度はスーツケースを受け取ってから、また預けて、さらに手荷物チェック。またまた長い列。もう搭乗まで15分くらいしかない。どきどき。係員もせわしくしている。ベルトコンベアに乗った部品を次々さばいていくよう。自分の番がやっと来る。見た感じ、この関門もかなり厳重。身に着けている金属類だけでなく、「靴を脱げ」と言われ、ラップトップ(ノートPC)はカバンからわざわざ出さないといけない。急いで、でも怪しまれないように笑顔を作って無事通過。と思ったら、ひとりのメンバーが手荷物チェックをかなり厳しく受けている。

 刻を争う。とりあえず、先に終わらせた俺と仲良くなった初対面友達で先に搭乗口に行って、ぎりぎりまで待ってもらうようにお願いしにいくことにした。残りのメンバーは待機。手荷物検査から搭乗口までのアメリカンな長い廊下を駆け抜ける。ふたりで走りながら、なんだか笑ってしまった。お互い、真剣だけど、実はこういうトラブルを楽しんでいることに共感したからだ。

 ートが閉まる三分前。やっと待機組が遠くから走ってくるのが見えた。「急いでー」と応援。みんな息が切れてる。なんとか機内に滑り込み、安心を分かち合った。もしも、あとひとつなにかをしていたら、例えば洗面所に寄っていたら、間に合わなかっただろう。デンバー空港までの二時間、みんな爆睡。

 っと最後の到着ロビーに着くと、「Up with People」という、これからの五ヶ月間を委ねたプラカードを発見。それを掲げたスタッフのおにいちゃんが、これでもかってくらいの笑顔で迎えてくれた。
 

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