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しんぷのこえだめ2

皆さんの声を貯めて力に変える肥溜めです

二人という題で記事を書いたと思います。
二人の絵を描いたわけですが、
新たに二人の絵を描いてみました。

少しモチーフが違いますがこんな絵です。

しんぷのこえだめ2-092711二人のその後・・。
092711 二人のその後・・。



以前にtwitterにて、僕の宇宙観を書いたと思います。
僕にとっては自分の外に広がっている宇宙も銀河という枠を細胞の一つと捉え
内側に広がっている多くの細胞もミクロ宇宙と捉えました。
その広がりはミクロもマクロも無限に広がっていて
無限ループのような中の一点に自分がいるというモノです。

多分、そうは言っても理解しがたい事なので
この記事を見てください。
僕の考えが独りよがりな意見ではない事がわかると思います。


その視点に立ってこの絵を見ると、
僕の中にはそれが人が二人いるような感覚に陥ります。

日の光に向かって伸びる2本の木は
互いに枝葉を伸ばしていますが、
外的要因(大風、台風)によって双方の枝が触れ合い、ぶつかり合い、
折れて自然な頃合に枝葉が振り分けられます。

その様を見ていると二人の人間が
人生に光を見出しながら進む姿に見え、
意見の相違でぶつかり合いながらその関係を築いていく様に見えるのです。

そこにもう一本あるいはもう一人、人が介入することによって
関係ももっと濃密で互いに争う事なく、距離のとり方を学んでいくはずです。

2本の木が絡まりあって立っている木など見ると
二人が助け合って生きていく姿のようにさえ思えます。

擬人化するわけではなく
固体と固体としての二人。
そういう生き模様を描いたつもりです。

僕にとっては「森をみて森と見ず。」や「花を見て花と見ず」というのは
この事に当たります。

皆さんにとってはどのように見えますか?





高校時代に庭師に憧れた時期がありました。
その結果大学入試で東農大の造園学科を志望してあえなく失敗したわけですが、
その庭師はこの視点に立てば、弁護士のような役割もあるように思います。

庭師は枝葉が伸びる方向を前もって判断し、
その樹種に沿った剪定をするわけです。
ぶつかって折れる前に切ってしまう。
その手段をみたとき、人間のぶつかり合いを手助けするような弁護士の役割を感じたわけです。

医者だといえば樹医が思い浮かびますが、そういう役割も確かに庭師にもあります。


そんな職業に今でも憧れるわけです。


ただ今考えるに弁護士といわなくとも、
人と人との間に立って人の間を取り持つ、そんな庭師になりたいなと思うわけです。


自然界を手本に人間界に愛を持っておだやかな道を勧める。

これが僕のこれからの歩む道のような気がします。





今回も最後まで読んで下さってありがとうございました。