お元気お過ごしですか?
8月2日に再度退院し、グループホームの生活を
再スタートしました。
さて、僕は発病から約15年になりました。
発病から8年は自分の病気を自覚する事が
出来ませんでした。
やっと自分が病気であると自覚できた時、
自分が病気である事を他者にもカミングアウトすることができるようになって、だいぶ楽になったのです。
ただ自覚していなかった時と比べればマシ
なだけで、それ以上でも以下でもありませんでした。
入院患者の中には未だに自覚がなく
「どこも悪いとこないのに
何で退院できないんだ!」
という方もいらっしゃるし、
「この病院に入ったのは、
ハメられたんだ!」
と人のせいにする人もいます。
それに比べたら自覚がある分
まだマシかもしれません。
入院の必要性も納得できますし
病気を改善する手立ても考えられます。
後、1番大きいのは主治医や看護士さん達
スタッフを信頼できるという所でしょうか。
信頼なくしては良き治療はできませんから。
自覚してから既に7年過ぎた所ですが
今度は自分の病気を受け入れる、受容する事が
できるようになってきました。
ある方にも相談したのですが、
病気になったそもそもの原因が
自分の考え方や生き方、価値観から来る
モノのような気がしたのです。
相談した方には、
病気になったから、そういう考え方や生き方、
価値観になったんじゃないか
って指摘されましたが、
実感としては逆なのです。
そしてまた、今までとは逆の
「病気になれて良かった」とさえ思っています。
どんな病気であれ、なりたい人は少ないと
思います。
でも病気だからこそ見えてくる世界もあるし
苦しみに耐え抜くことで忍耐や慎み深さも
芽生えるのです。
幸せの絶頂にいる時には見えてこない哀れみの心や、
苦しさの中にあっても共にその痛みを分かち合う心。
本当のやさしさは苦しい時を潜り抜けて
初めて完成するものではないでしょうか。
恐れ多くも僕がそこまでに至っているとは
申しません。
ただ、辛い時期を経て、今僕には何ができるのか
と言えば、病気にかかるのも悪いもんじゃないよ
ってことを伝えるぐらい。逆に病気の一つや二つ持ってた方が人間らしい営みができるんじゃないかと。
最近読んでる聖書にも
「あなたに乗り越えられないような試練は
与えない」
とあります。
勿論、それは病気に限らずですね。
だから、どんな逆境に立たされたとしても
そこで諦めなければ、
おのずと道は開かれてきます。
ピンチはチャンスって言葉もあるぐらいだから。
最後にまた聖書から一句。
「苦しい道を歩みながら天に召されるのと
楽な道を歩みながら地獄を見るのと
どちらが望ましいか。
神に通じる道は険しいが、
その恩恵もまた大きい。」
僕もこの病気という恩恵に授かりながら、
今という時を大事に生きていこうと思います。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。