筑摩書房から出ている宮澤賢治の全集第2巻 詩Ⅰに出ている
風景とオルゴールという詩集から
気になった一つの詩を自分用メモとして載せておきたいと思います。
【宗教風の恋】
がさがさした稲もやさしい油緑に熟し
西ならあんな暗い立派な霧でいつぱい
草穂はいちめん風で波立つてゐるのに
可哀さうなおまへの弱いあたまは
くらくらするまで青く乱れ
いまに太田武か誰かのやうに
眼のふちもぐちやぐちやになつてしまふ
ほんたうにそんな偏つて尖つた心の動きかたのくせ
なぜこんなにすきとほつてきれいな気層のなかから
燃えて暗いなやましいものをつかまへるか
信仰でしか得られないものを
なぜ人間の中でしつかり捕らへやうとするか
風はどうどう空で鳴つてるし
東京の避難者たちは半分脳膜炎になつて
いまでもまいにち逃げて来るのに
どうしておまへはそんな医される筈のないかなしみを
わざとあかるいそらからとるか
いまはもうさうしてゐるときでない
けれども悪いとかいいとか云ふのではない
あんまりおまへがひどからうとおもふので
みかねてわたしはいつてゐるのだ
さあなみだをふいてきちんとたて
もうそんな宗教風の恋をしてはいけない
そこはちやうど両方の空間が二重になつてゐるとこで
おれたちのやうな初心ものに
居られる場処では決してない
賢治は排他的な仏教団体に所属していた事があり
当時最愛の妹トシさんを亡くしており、
それによってその仏教団体から改心して自分の道を見定めた背景があります。
あくまでも僕の推測ですが、
この詩はそんな時に書かれた詩なのではないでしょうか。
つい先日まで僕は老子の書や般若心経の本、はたまた新約聖書等読みかじり
宗教の世界にどっぷりはまり込んでいました。
そんな最中にこの詩に出会ったわけです。
ですから特に最後の3行はグッとくるものがありました。
まだまだ宗教関係の本やバイブルを読み漁りたいとは思っていますが、
もしかするとこの詩のようにそこに初心者が入る隙はないのかとも思ったりもします。
読者の皆さんがこの詩を読んで何を感じるかはわかりませんが
あくまでも僕の今の心境にピタっとくるモノがありましたので
載せて置きました。
今回も最後までお読み頂きありがとうございました。