今回より「正保国絵図」(以下、絵図)を片手に、膳所城を歩いていきます。
膳所城は、開発によってだいぶ当時の姿を失ってしまいましたが、
東海道の名残りを感じられたり、地割は残っていたりと、色々発見があります。
スタートは、京阪電鉄膳所本町駅からです。
膳所神社から中大手門まで
膳所神社の移築城門
京阪電鉄膳所本町駅を降りると、右手に神社の社叢が見えてきます。
ここは膳所神社で、天武天皇時代より当地に在しており、代々膳所城主にも厚い崇敬を受けたとのことです。
絵図でも、現在と同じ場所に「宮」の文字が見えます。
また、この神社の北、南、東門は膳所城門を移転しています。
特に、東側の薬井門。
昭和58年の解体修理で、大津城門の可能性が浮上
この門は、昭和五十七年(1982)に修理が行われており、その時に新しい発見がありました。
まず、門の遍歴です。
帯曲輪の門を寛文二年(1662)の地震により、二の丸門に作り変えたという遍歴が判明しました。
また、棟札より門自体は明暦五(1655)の創建であると明らかになりましたが、
それ以前に2回手を加えられた痕跡があり、大津城門の再利用も考えられるとのことです。(新修大津市史8巻p598)
膳所神社の北門、南門も移築城門ですが、どこの城門だったかは明らかになっていません。
膳所神社北門(薬井門):ここだけ瓦が、本多家の立葵紋じゃない)
膳所神社南門(高麗門)
旧藩校があった、膳所高校
神社の道を左に入ると、膳所高校の校門が見えます。
ここには、文化五年(1809)に設立した、藩校遵義堂の跡がありました(大津市史4巻p286)。
校内に石碑が見えるのですが、立ち入りができないので、
この角度でしか写真を撮ることができません……
また、膳所高校では平成十四年(2002)の校舎建て替えに伴い、
膳所城下町で唯一発掘調査が行われました。
その際には、七~八世紀の建物跡や江戸期の町割り遺構、遵義堂の遺構などが検出されたとのことです。
痕跡はほぼなし、中大手門
膳所高校から神社に戻り、
東側へ進むと交差点に突き当たります。
ここは当時の中大手門です。
現状は、道路のポールにひっそりと案内が書いてあるだけです。
絵図で見ると、櫓台が1つあり、内枡形構造を持った門があった様です。
(中大手門の跡、少しだけクランクしている)
膳所城の別名「石鹿城」は、中大手門に由来あり?
また、膳所城は別名「石鹿城」と言いますが、中大手門はその由来とも関係します。
その由来は以下の通りです。
「十代藩主本多康慶のころ、中大手門の構造が幕府に提出したものと異なると密告したものがおり、幕府の役人が調査にやって来た。その時に、瀬田口から東海道の街道沿いに、犬の血を塗って菰をかぶせた大岩を置いて、「今日、城下に紛れてきた鹿を狩って、道が血まみれなので別の道を通ってください」といい、中大手門を通らせずに難を逃れた。そのため、藩の危機を救ったこの石に因んで「石鹿城」という。
(新修大津市史第8巻p585)
この由来によるのか、
本丸近くにある膳所市民センターには、「石鹿橋」という石橋があります。
(中大手門:道路のポールに説明が書いてある) (石鹿橋)
以上です。
次回は、勢多口門から南大手門までを見ていきます。
1. 助野健太郎, 小和田哲男 著『近江の城下町』,桜楓社,1971. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9569439 (参照 2023-07-09)
2. 「近世城跡から移築された城郭建築遺構の保存・活用について」内田和伸『移築された遺跡由来の遺構および石造物の現状と課題 令和3年度 遺跡整備・活用研究集会報告書』2021 p5-p24(https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/131497)
3. 膳所市民ニュース(第33号)1992/7/10 p2
(https://zeze.otsu.jp/pdf/news033.pdf)
4. 文: 徳永真一郎 ほか『城下町膳所』,石鹿フォトクラブ,1972. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9569195 (参照 2023-07-09)
5. 『〔日本古城絵図〕 東山道之部(1)』117 膳所城絵図,写,〔江戸中期-末期〕. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1286382 (参照 2023-07-09)
6. 滋賀県教育委員会他 2013 『膳所城遺跡』滋賀県教育委員会事務局文化財保護課
7. 滋賀県教育委員会事務局文化財保護課他 2005 『滋賀県立膳所高等学校校舎等改築工事に伴う発掘調査報告書:膳所城下町遺跡』滋賀県教育委員会事務局文化財保護課他
8. 重要文化財 膳所神社表門修理工事報告書 1983 滋賀県教育委員会編
9. 重要文化財 篠津神社表門修理工事報告 1957 滋賀県教委
10. 滋賀県文化財保護協会発掘調査報告アーカイブhttps://www.shiga-bunkazai.jp/wp-content/uploads/site-archives/download-pdf-131110_zeze.pdf