※本記事には、本作のネタバレが多分に含まれます。
これから本作を読もうと考えている方は、本記事はご覧にならないことをおすすめします。
○概要
うちのハッチンパモス彼女の推し作家さん・綾崎隼(あやさき しゅん)先生の作品。
同先生の過去作を世界観を共有しているが、「知ってるとニヤリとする」程度で、脚本に連続性はないとのこと。
○あらすじ
幼少期に両親を亡くし、OLとして多忙な日々を送る結城佳帆(ゆうき かほ)は、妹である結城真奈(ゆうき まな)との同居生活を楽しむ一方、彼女の行く末を案じて、頭を抱えていた。
ある日佳帆は、行きつけの図書館の司書である舞原葵依(まいばら あおい)に一目惚れ的な恋をする。しかし葵依には、数年前に失踪した妻がおり、彼は佳帆を女性として見るどころか、彼の時間は妻を失ったその時から止まってしまっているようだった。
葵依が再び妻と過ごせる日々が訪れることを願いながらも、葵依への想いを隠せない佳帆。その佳帆にも、彼にも打ち明けられぬ、ある秘密があった…
○面白かったところ
・中盤のどんでん返し
本作の肝であり、「本作を読むべき理由」として真っ先に挙げられるのが、中盤に暴かれる「衝撃の事実」についての一連の描写。
本作は「葵依に恋する佳帆と、その動向を気にしつつ、引きこもりから脱却しようとする真奈」という構図で進んでいくが、
実際は「真奈は既に亡き者となっており、葵衣はかつて佳帆が真奈に話していた『ウソの彼氏』をそのまま形にしたような男だった」ということが明らかになる。
「佳帆と葵依はともに『大切な人を喪った悲しみ』を知る者同士として、シンパシーを感じて引き合った」という様子は、細かな心理描写から察しがつくようになっている。しかしその「大切な人」が「幼少期に自死した両親」であるというミスリードをしつつ、実際は「四年前に事故死した妹」であるとする種明かしが、最高に心地いい。
この「四年前」というのが、奇しくも葵依の最愛の妻が失踪した時期と一致していることも、強い意味を持つように感じる。佳帆も葵依も、ほぼ同じ頃に「自分の生きる意味となっていた大切な人を突如失う」という経験をしてるんだなぁ。
また、このどんでん返しによって、「佳帆はなぜ一目惚れしただけ&自身を邪険に扱う葵衣に執拗にこだわったのか」「葵依は図書館の『館長』なのに、なぜ真奈には『司書』と説明するのか」といった本作の違和感が、一気に氷解する。
さらにさらに、このどんでん返しを考えると、本作は「時系列通りに書かれていない(真奈との生活の話は、すべて回想)」ということになるが、そのことを示唆する描写が、ちゃんと作中に盛り込まれている。
再序盤で、真奈について「世界で一番大切な妹だった」と書かれていたり、「帰宅するやいなや、ゲームをほっぽりだして姉に飛びついてくるような妹が、姉が仕事に行く時は、見送りにこない」「作中で語られる姉妹の年齢差がずれている」などなど、真相に気付ける要素があちこちに散りばめられている。真奈の死を悼むためのものと思われる献花も、序盤でしっかり出てくる。
まぁ、せっかくのターニングポイントなのだから、もうちょっと丁寧だったり派手な書き方をしてもよかったと思う。
真奈のお墓を描写するだけでは、勘の悪い読者は取り残されちゃいそうに感じた。
ここだけ葵依を狂言回しにするとかね。実際、葵依に真実を打ち明けるシーンだったわけだし。
しかし、引きこもる妹に対して長らく「外に出るきっかけはないものか」と頭を抱え、架空の彼をでっち上げたり、オフ会への参加を後押しするも「狼少年」と思われすっぽかされたりして、ようやっと妹が外に出る気になったかと思えば、その妹が交通事故に遭ってしまうとは。佳帆の心中察するに余りあるな…
・いい意味で俗っぽい心理描写や言葉選び
創作では本来あまり砕けた言い方は好まれないと思うが、とっさに感じた感情については、あえてストレートに表現しているのが、面白いと思った。堅苦しい小説作品が苦手な人にも、読みやすいと思う。
・ところどころに散りばめられた、美しい短文
冒頭の「唇から零れ落ちた吐息を拾い集めて。一つに束ねたら、あなたの形になれば良いのに。」の一文に、思わず心を奪われた。「これは読まなきゃ」という気持ちにさせてくれた名文。
そのほか、真奈と過ごした日々のことを述懐するような表現の臨場感というか、すぐそこで話しているかのような感覚が心地よかった。
○惜しかったところ
・葵依の掘り下げの無意味さ
葵依について、「佳帆が真奈にでっちあげた彼の像と一致している」ことと「妻と死別している」ことだけが属性になってしまい、それ以外の要素が、ほぼ無駄になってしまっているのが惜しい。
彼自身、名家に生まれながら期待に応えられなかったり、最愛の妻についても「真実を知るべく、数ヶ月に渡って捜し続けた結果、既に亡くなっていることを、自らの目で確かめることとなった」といった試練があったが、それらの要素は、佳帆を拒む理由になっていない。
特に彼の生い立ちについては、わざわざ章まで設けて説明した割に、あってもなくても変わらない感じ。このへんは、世界観を共有している過去作の読者に対するサービス要素だったりするのかな。
葵依の心理描写も弱く、彼のあまのじゃくのような印象も受ける言動もあいまって、彼の考えていることが読み取りづらい。
まぁ、ここは匙加減が難しいと思う。あまり奥さんに執着しても佳帆が無力に見えるし、さりとてアッサリと佳帆に傾いたら「奥さんのことはもういいのかよ」ってなっちゃうし。
本作がもっと長い作品なら、この「彼の支えが、奥さんから佳帆にシフトしていく様子」がしっとりと描かれることになるんだろけどね。
・わかりあう経緯そのものは割と緩やか
ドラマティックな出来事が起こるわけでもなく、なんとなく追いかけて、なんとなく受け入れて…みたいな感じ。それだけに、リアル感はあるんだけどね。
強いて言えば、無気力で愛想の悪い葵依が、それでも甲斐甲斐しく自分の世話をする佳帆に対して、徐々に最愛の妻の姿を重ねていった感じかな。
・今後を考えると、佳帆が葵依を「真奈の代わり」にしないか心配
実際そうなんだろけど、読者からも佳帆と葵依の恋愛が「佳帆側から一方通行の愛」に見えてしまう。
葵依は(不摂生ながら)一人で生きてきたし、奥さんのことも引きずってはいるものの、それを苦にしている感じではないし。
一方、佳帆については、「メサイア・コンプレックス」のごとく「守る存在がないと、自分の価値を認識できない人」のような危うさを感じる。
身も蓋もない言い方をすると、佳帆って「眼鏡で高身長の司書なら、別に葵依じゃなくてもよかった」みたいなことになっちゃうかも。まぁそんな人そうそういないだろうから、葵依しかないってことで異論はないけども。
くれぐれも、二人の恋愛が「真奈のためのもの」にならないことを、切に祈る。
まぁここも、本作をもっと長い作品にするなら、ちゃんと落としどころを設けられるところなんだろうけどね。
・「ネタがなくなった」と言い放つ、あまりにも適当なあとがき
あとがきには、ペンネームの由来とかじゃなくて、ちゃんと本作を書いた時のことを書いてほしかったなぁ。
ひそかに楽しみにしていただけに、少し残念だった。
○総評
作者が仕掛けた巧妙な仕掛けに騙される感覚を味わえる、実に意欲的な作品。
叙述トリックを仕掛けてくるというわけではなく、「うっすらと抱く違和感が、後半で一気に形になる」カタルシスを感じられるのは、本当に気持ちよかった。
「失ったものとともに生きる」決意をし、歩みを止めてしまった二人が引き合い、小さくも偉大な一歩をともに踏み出すまでの、優しい物語。
恋愛小説と見た場合は、起伏が少なく、一方通行感もあるし、またこの二人でなければならない必然性も薄いので、キュンキュンとかはしにくいかも。
素晴らしい作品をありがとう!また最初から読みなおすね。
んーしかし、この後の二人の行く末が気になるなぁ。
はたして二人は、お互いの心に空いた穴を埋め、新たな愛を紡いでいけるんでしょうか。
綾崎先生…続きが読みたいです…
>二年後を扱った掌編『吐息雪色 after story』が、『電撃スマイル文庫』に収録されました。
(綾崎隼先生公式ブログより)
マ!?