オレンジくそ野郎 | 抹茶アイスしか頼みません

オレンジくそ野郎

さてさて


今日は葬式に言ってきました

60歳ぐらいで
父親の知り合いだったんですが



子供の頃よく
その人の家にお邪魔していたので、
そんなに話したことはないのですが行ってきました。

娘さんによく遊んでもらった記憶はあるのですが

顔見てもわからづ…汗




その故人はクリスチャンの人なので
教会でのお葬式でした。

話は
ずれますが
キリスト教式のお葬式はお薦めですよグッド!グッド!

なにせお金がかからない。
仏教は何かとお金もかかり
葬式から三回忌とかまで、お坊さんに結構な額がいりますし

一般的な葬儀場は松竹梅等とランクがあって
なんかわけのわからん水車のオブジェがプラスうん万円とか

棺桶も松竹梅とかありますし花なんかもバカにならないですしね。

葬儀社も商売ですし仕方ないですけど

普段寺に行かない日本人が葬式だけ仏教でするのは
ただの習わしだと思うので死んだ時はキリストさんでいい
結婚の時もお世話なったしなー
みたいな人がいてもいいと思いますよグッド!グッド!


仏教式より確実に値段が抑えられます。

但し
戒名とかは無いですし
クリスチャンでない人をやってくれるのかは微妙なとこで
その教会の墓があったりで分骨等になる可能性が高いですけどね。




話は戻りますが

キリスト教における葬式の捉え方は
死んで悲しくとも

故人が天国に行って喜ばしいことでもあるんです。


在校生が卒業生に贈る卒業式のようなものに近いかもしれません。

なので葬式で賛美歌を歌うんです。


今回は特別に遺族だけ歌う時間もありまして

小学生ぐらいの男の子も歌っていて

それが非常に透き通った爽やかな良い声で
感動しました。





しかし
何回行っても葬式とは辛いものです。

自分は自我が目覚めて以降に

母親や祖父を亡くしましたし

高校をやめて
別の高校を決めるキッカケをくれた大事な友達も亡くしました。

その友達は自分が海外にいる時に死んだので葬式に行けず今でも心が痛いんですが



今日の葬式でも

自分勝手と承知なんですが

自分の母親や友達が死んだことを思い出してしまって辛かったんですよね。


ノルウェーの森でもありましたが

死とは生の対極ではなく
生の一部です


死とは、
どうしても

海岸の向こう側とか
病院の向こう側の話で

エジプトでゆう西の世界だと思ってしまうんですが

死とは人間が存在する以上、本来的に既に含まれているもので
その事は忘れ去ることはできないんです。


普段暮らしている人は少なからずとも
病院の世界は西の世界であって
見舞いに行きたくない気持ちはあると思います。


なんだか怖い
とか
不気味だとも言える気持ちだとも思います。



自分も中学三年生の頃

ガンで入院している母親の見舞いにあまり行きませんでした。


当時まだ子供だった自分には
なんだか死というものが
対極の対極の遠い遠い世界のような感じで

母親が死ぬことが現実感としてありませんでした。

今でも実はあまりわかってないんですが
今は子供の純粋さが無くなって
自然になんとなく理解をしている感があります。
それが良いことでも悪いことでも無く
そうやって自分の精神の防御をしてるんだと思います。

死は深刻な事実ですが
深刻に考えない
深刻に考えることが答えを出す方法

とは思えないんです




神様がいて天国があって…
と考えて今日の高橋さんや母親が天国にいてくれる

残された人も

救い主をイェスと信じ
神を通じて永遠の命を貰い再会できる

ということは
理にかない

幸せに考え

この世の人の生活が充実できる考えだと思います


しかしそうでない人もいる

例えば僕の友達はクリスチャンではありませんでしたし

そんな人は日本人の99%です

イェスやアラーによってのみ永遠の命を貰うなら


ニュースで日々出る強盗に殺された人
ガザでイスラエルに攻撃された人
学校の友達たち



みんな永遠の滅びです



クリスチャンはそれでも前向きに考えて
ノンクリスチャンだったあの人も天国に行ってると思うよと
フォローしてしまいますが


人の死とはそんな簡単なことではないし

答えがあってるかどうかなんて
後手後手でしか理由が述べれないとも思うんです。



自分は
その友達がもしかしたら天国に行ってるかもしれません

それならそれでいい

しかし

その既に死んだノンクリスチャンの友達を考えずに

自分は神様を信じて母親と同じ世界に住みたい


だなんて

そんなことできません

神の裁きがあって

おまえ
イェスを救い主として信じなかったよな



言われたら

友達のためです



見捨てることがどうしてもできません




蜘蛛の糸の話は知っていますか?
子供心になんともいえない気分の悪さがあったんですが

悪人だから
仕方がない


神様を受け入れなかったんだから

仕方ない

ということは
なんて儚く惨いことか




神を信じないための言い訳かもしれませんが



死という概念は
そうやって堂々めぐりするもんだ

というのが答えだと思います。