もう勉強はイヤだ
公文をやめたい…
幼稚園のお迎えに車で行ったお父さんとお母さんは、みつ葉から衝撃的な発言をくらわせられた
お母さんは、は は〜ん!そうきたかと
心の中でニヤリ思った
お父さんは、なんで?何がイヤなの?
みんなが褒めてくれるやん!
小学校に入っても勉強わからなくていいん?
と、どうにか阻止しようとするような会話
お母さんは、やめたらいいよ♪
でも自分で先生にいいなさいと言った
みつ葉は、
うん!わかった先生に言う
だから、最初はお母さんが言って!
お父さんにも言って!!
なーーんでっ!お母さんが言ってよ‼︎
いいよ、いいよ
やりたいも、やめたいも
沢山経験したらいい♡
でも自分の口で、自分の気持ちと、
自分が進めたい方向を言えるように訓練しましょ
お母さんは子供の頃
近所のお友達が習字を習っていたので
自分もやりたいと言って通ったら、
最初は書き方の毛筆で、つまらなかった
それにそのお教室にもなじめなかった
みんなが黙々と机に向かい
お友達同士は楽しそうに見えるけど、
私は1人だし、先生に声もかけづらい
居場所がないのと、楽しさが分からず
やめたいと言ったら、すぐにやめさせてくれた
次にそろばん教室に行ったのだけど、
6年間やめさせてもらえなかった
行ったふりしていかなかったことが
高学年ではほとんどだった…
習字とは違って、時々みんなでやるゲームや
お菓子をもらえたり、少し楽しい時期もあったけど、挫折したんだよね
そろばん、途中からついていけなくなった
1〜2年生のころはそろばんのおかげで
算数が得意になってよかった
でもだんだん数の多い計算になってくると、
みんなみたいにパチパチ正確に正しく
そろばんをはじくことができなくて
ついていけない
自分にはできないと思うから行きたくない
教室まで歩いて行くのもめんどくさい
…でも母は、
やめたいと何度言ってもやめさせてくれなかった
そろばんは、私のその後の人生に
役に立つことはなかった
コンピュータの時代になり、昔みたいに必要がなくなったのも大きな理由だ
みつ葉は、公文をやめたい理由を
勉強はめんどくさいから と言ったが、
お母さんには想像がつく
この2回ほど、公文どーだった?と聞くと
おなおしがいっぱいあった…と言っていた
みつ葉さんは褒められるのは好きだが、
注意されるのがダメのようだ…
先日の楽器演奏会の小太鼓をもうやりたくない!みつ葉はうまくできない!先生に怒られた…と言った出来事と合わせて考えると
完全に、ただ注意されただけなのに
その感度が高すぎるようで
相当なイヤな思いになるようだ
お父さんとそっくり…
それ違うよ…と一言言っただけなのに、
個人を否定するようなつもりじゃなく
あっ、そっか…で
終わるくらいのつもりの一言に対して、
それなら自分でやればいいだろ!!お前はいつも小言ばっかり!ガミガミガミガミ言いやがって!自分でやってから言えよ
と、こちらからしたら
すごい剣幕で怒る姿にビックリだけど、
人の感じ方の違いでいろんな人がいるわけで…
おそらく、みつ葉も、ただの注意がお父さんのように、ものすごく、ものすごくイヤな気持ちになっているんだろうな…
