しもで先生ができるまで・20 | シモデ先生のまあじゃんうんちく version2

シモデ先生のまあじゃんうんちく version2

題名の通り、マージャンに関するうんちく話を、自分なりの観点で紹介しています。最近はあまり書いていませんが(笑)。


マージャン強くなりたい、という人にはあまり役に立たない話ばかりかも(笑)。

名古屋の専門学校を卒業してから半年。

再び名古屋に戻ってきました。

しかも、職場は半年前まで働いていた麻雀店「サークル21」。


半年しか経っていなかったので、顔なじみの人が多かったですね。

その一方、新顔のスタッフやお客さんも増え始めました。




スタッフやお客さんには、
競技麻雀の世界に足を踏み入れた人や、
のちに、ネット麻雀「天鳳」の強豪になるような人が、
何人もいたんですよね。


最近ツイッターを通じて再会したのが、
ティエリさんと本部長さん(どちらもハンドルネーム)。
二人とも私より1つ年上。

ちなみにティエリさんは、μカップin名古屋で決勝進出経験があるのです。



まだ大学生だった、ゆいちゃんのパパさん(後の天鳳十段)。

当時はアルバイトとして勤務していました。
余談ですが、後に彼の奥さんになる人も、一緒に働いていましたよ。



いちはらさん(後のサンマ天鳳位・ヨンマも十段)は、
お客さんで来ていました。

私と同い年なんですよね。
麻雀強くて、どこかしら人懐っこいところがあって、
みんなから人気がありましたね。
彼と私設リーグ戦みたいな事もやった時期もあるのですが、
毎回彼にやられていました。



佐藤治史さんは、当時は名古屋大学の学生。
飄々とした雰囲気でしたが、根は結構真面目でした。

その後、麻将連合のツアー選手となり、
ランキング戦は常に上位、
ビッグワンカップで決勝進出、
などといった活躍をした後、退会しました。
今はどうしているのでしょうか。



高校を中退して、麻雀店に就職したzeRoさん(現在天鳳十段)。
当時はまだ18歳でしたが、既にそこそこ強かったですね。
ただ、当時は熱さの方が先走りしていた気がするかも。

その後、私と一緒に麻将連合を受験したり、
麻雀店経営したり、最高位戦の選手になったり、
他にもいろいろあったんですよね。

今の彼のブログを読んでいると、
当時よりも、技術の高さはもちろん、
プロ意識の高さが凄く伝わってきます。



同世代が多かった職場だっただけに、それなりに楽しく過ごしていました。

しかし、これが自分のやりたかった事だったのかなぁ、
という思いが、徐々に沸いてきたのです。


そして、サークル21に戻ってから1年近く経った頃、
私の運命に影響する、ある人と出会うのです。




今回の話は、ひとまずここまで。

名古屋時代のお話は、もう少し続きそうです。
年内に話が終わるか、マジで心配になってきました(笑)。

ではまた~。