しもで先生ができるまで・14 | シモデ先生のまあじゃんうんちく version2

シモデ先生のまあじゃんうんちく version2

題名の通り、マージャンに関するうんちく話を、自分なりの観点で紹介しています。最近はあまり書いていませんが(笑)。


マージャン強くなりたい、という人にはあまり役に立たない話ばかりかも(笑)。

「麻雀で生きる」ために、もう1つ活動した事があります。

それは、「麻雀プロの世界」に入る事です。


時は1994年。
当時のプロ団体(もしくはリーグ戦)は、活動開始の早い順から、
「日本麻雀最高位戦」(最高位戦)
「日本プロ麻雀連盟」(プロ連盟)
「101競技連盟」(101)
の、3つでした。
(カッコ内は、通称)

ちなみに当時の最高位戦は、正式にはプロ団体ではなかったんですね。
「日本麻雀最高位戦」というリーグ戦を、実行委員会が運営していた形でした。
最高位戦に出場している選手を、事実上「プロ」扱いしていたのです。


少し話が逸れました。
いろいろ考えた結果、私が選んだのは最高位戦でした。

一番歴史がある団体。
井出洋介プロ、金子正輝プロ、飯田正人プロなどへの憧れ。
年会費があまりかからない。
リーグ数が少ないので、上のリーグまでの道のりが短い。
(当時はA・B・Cの3リーグ)

他にもいくつか理由はありますが、長くなるのでこの辺で。



当時の最高位戦の試験事情についても触れておきましょう。
当時の試験の名称は「Cリーグ予選」。
そう、試験ではなく「予選」なのです。
ですから、当日(もしくは数日)の麻雀の成績次第というわけです。

しかも、Cリーグ予選に出場する為に、ある「資格」が必要だったのです。
それは、全国数ヶ所で開催されていた、
「最高位戦奨励会」の会場で、30半荘以上打つこと。

ちなみに会場は、関東で3ヶ所、大阪で1ヶ所。
名古屋からだと、一応大阪が一番近いわけですが…。

しかし、思い立ったのは8月。
大阪会場は開催が月に1回で、1日6回打ったとしても規定回数に足りない。

唯一間に合いそうなのが、横浜会場。
そこは月2回開催だったので、なんとか足りそう。

そして、思い立ったが吉日、と言わんばかりに、
最高位戦の事務局だったか、会場に直接だったか忘れましたが、
最高位戦奨励会への参加の連絡をしました。


こうして、麻雀を「趣味」から「人生」に変える、
その第一歩を踏み出してしまったわけです。



今回の話は、ひとまずここまで。

実は、最高位戦を受験しようとする少し前に、
發王戦の一般予選に初めて出場しまして。
私はまるで手も足も出ず、惨敗。

ちなみに、その予選を勝ち上がったうちの一人に、
メガネを掛けた、ハリーポッターの主人公に似ている若者がいました。
彼は当時、高田馬場にあった「ポリエステル100%」という、
麻雀店でアルバイトをしていました。
確か名前は「コバヤシ」とか言ったかな。

そんな彼と初めて会ってから、もう22年も経つのか~。
同世代の現役選手の中では、一番長い付き合いなのですね。


次回は、最高位戦奨励会のお話をしようと思います。
ではまた~。