去年の春から


下田美咲動画プロジェクトはオリジナルソングを扱うようになり


年末からは


プロとして、歌を歌うようになり


プロの方に囲まれて音楽と向き合う中で


私には


どんな歌が歌えるだろう


と自問自答の日々が続いている



歌いたい歌を歌えばいいんだよ


とか言う人が続出しそうだけど


遊びで行くカラオケなら、それでいいけど


歌手として、オリジナル曲を歌うってことは


そんな気持ちでやれない。


どんな声が、どんな風に歌うのかで、その曲の未来は変わる。



私が歌うより


ほかの人が歌ったほうが良さそうだ


と思う曲を


でも私こういうのも歌いたいから、歌わせてー!その曲私にちょうだい!


と歌うことにして


誰かが一生懸命に作り出したその曲を


実質お蔵入り状態にするのは


やだな、と思う


売れないってことは、ほとんどの人に聴かれないってことで


それは実質、その曲をお蔵入りさせることと一緒。




誰かがカバーすればそうじゃなくなることもあるが


ひとつの曲は


基本的に、一人の歌手(あるいは一つのグループ)が


私が歌います!と手を挙げたら


その人の歌になり、ほかの人は歌えなくなるし



だから


歌うことにする、ってことには


すごく責任があって


歌いたい!ってだけで歌いたがることは


曲の力を、蔑ろにしてしまうことだと思う



曲にはポテンシャルがあって


でもそれを発揮できるかどうかは


声に、歌唱に、かかってる。




わかりやすいので身近な人で


たとえると


せあらの曲は


せあらが歌うのが一番良い、と


聴いていて、いつも思う。


せあらが歌うから、ここまで良い曲になってて


他の人が歌うと


そこまで良い曲に聞こえず


作曲家・せあらに失礼な発言になるが


曲が良いんじゃなくて、歌が良いんだろうか


と考えてしまうほど


せあらの作る曲は


せあらの歌唱ありきで、メロディーが光るシステムになっている。




そして、せあらは


自分で作った曲を歌うときが一番良い


出せるキーの幅とか、声の伸びとか


歌唱力は同じはずだけど


ほかの人の作った曲歌ってるときと、自分の作った曲歌ってるときでは


声の良さの度合いが全然違う





メロディーラインとの相性は


声質もあるし、声帯のタイプもあるし


でもそれ以上に


趣味ってものがあって



私は


パーティーソングの歌唱なら、誰にも劣らない


と断言できるけど


それは私が誰よりもパーティーソングを好きだ、という自負からで


良さを、ツボを解ってるから


私は、そのパーティーソングに合う声の出し方が判る!


そのラインが活きる歌い方を発見できる!


という自信で。




もちろん


好きな気持ち(趣味)だけではダメで


そこに必要なボイトレ的意味合いの歌唱力は身につけてあることは


絶対だけども。





私には


どんな歌が歌えるだろう


どんな歌なら、歌えるだろう


私は、どんな曲でなら、その曲を多くの人に聴いてもらえる歌唱を出来るだろう。




パーティーソングだけだなぁ


と思う


パーティーソングなら、誰にも劣らない。


必ず勝つかどうかはわからないが


負けることはないと思う


私くらいパーティーソングが好きで


コールをするために生まれたみたいな声を持つ人が他にもいたら


並ぶことはあるかもしれない。




けど


「お手を拝借!もういっちょ!」は


世界中で一番、誰よりも


良い歌唱を出来る自信がある。唯一の曲です。




それは宮下さんが


私の声を調べてから作ってくださったからであり


宮下さんの生み出すパーティーソングは


私の趣味ど真ん中だからであり


理由は色々あり


つまり偶然ではなく、そういう風に作ってあるからで




歌手として、歌を歌うって


そういうことだなぁと


思う日々です。




「お手を拝借!もういっちょ!」に、教わったこと(^-^)