子華(しか)斉(せい)に使(つか)いす。

冉子(ぜんし)其(そ)の母(はは)の

為(ため)に粟(ぞく)を請(こ)う。

子曰(しいわ)く、

之(これ)に釜(ふ)を与(あた)えよ、と。

益(ま)さんことを請(こ)う。

曰(いわ)く、

之(これ)に庾(ゆ)を与(あた)えよ、と。

冉子(ぜんし)之(これ)に

粟五秉(ぞくごへい)を与(あた)う。

子曰(しいわ)く、

赤(せき)の斉(せい)に適(ゆ)くや、

肥馬(ひば)に乗(の)り、

軽裘(けいきゅう)を衣(き)る。

吾(われ)之(これ)を聞(き)けり、

君子(くんし)は急(きゅう)に周(あまね)く

して富(と)めるに継(つ)がず、と。

 

 

子華(公西赤)が斉国に使いに出た。

すると、冉有が孔先生に公西赤の母親に

粟(籾)を贈って下さいと願い出た。

孔先生は、

「釜(六斗四升)を贈ろう。」

と、言った。

冉有は、

「もう少し増やして下さい。」

と、願った。

孔先生は、

「庾(十六斗)を贈りなさい。」

と、指示した。

しかし冉有は少ないと思い、五秉(八十斛)を

贈った。

孔先生は、

「公西赤が斉国に使いに出した時、

肥馬に乗り、軽裘を着て行った。

豊ではないか。」

「教養人は困っている時は手厚く援助し、

豊な時は手厚く援助しないものだ。」

と、言った。

 

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