リブログ記事””選考委員の識見というベール””
出版社が始めたものですから、どうしても流行語大賞は選考委員だのみで始まりました。「選考委員がこう決めました」。もちろん開始当時から「読者の声をもっと反映した部分を盛り込んだほうがいい」という提案は上がっていましたが、「いやいいんだ」という文化人の見識を絶対視する声が勝り、最初の10年は読者アンケートも実施しませんでした。20代だった私はこの選考委員独断志向を「流行を判定するのに大衆を無視するのはどうか」と疑問を持ちつつ、賞金も出せない賞の権威を高めるために有効な手段なのだなと自分を納得させていました。当初は扇谷正造さん、続いて草柳大蔵さん、この20年間の選考委員長はとりあえず活字言論界のカリスマでしたから、「この人たちが決めた」「選考委員がこうだと言ってる」で済んでいたのです。つまり、この「選考委員がこう言ってる」がこの賞の決定的な特長と言えますが、これは同時に「選考委員さえシロと言えばシロにできる」という「運営のしやすさ」でもあるわけです。草柳さんが亡くなられたときに(2002年)、後任の選考委員長を含めた新装委員会を決める段階で、言論界のカリスマが見当たらなくなっていました。そこから選考委員の増員とメンバーに有名人を揃えようと方向転換して行きます。カリスマがいなくなった時代の変化というのは、一つには、どんな分野にも強い教養の怪物が存在しなくなったという現実があります。もう一つ、流行の観測方法の変容があります。20年前には流行観測の達人がやはりカリスマ的に存在していたはずなのに、それがなくなった。大きな変化ですが、この20年間で流行観測の達人にとって代わったのはgoogleです。流行はマーケティングで裏付けをもって観測されるべきものとなり、たとえばgoogleのヒット数は信頼できる大きな指標である。そんな価値観の時代に「選考委員がこう言ってる」という論法は識見という看板の裏に旧時代の親父が見え見えで、バッシングの対象にならないわけがありませんでした。