久米島の15年は、計画通りに進んだのか
祖母の家から15年前の新聞が出てきました。
「『久米島町』誕生へ」という、2001年10月5日の琉球新報朝刊の記事。
合併協定書の調印を控えた中で、島の展望と思いがつづられております。
さて、当時の記事を見返して、今と比べてみると、どの程度の理想と現実があるのでしょうか。
まず人口。
合併前の人口が9,692人。
これを2011年までには10,600人にしたいとあります。
現在の久米島の人口は、8,112人。
なかなか計画通りとはいっていないようです。
産業はどうでしょうか。
計画では、海洋深層水を各分野で最大限に利用する方針とあります。
また、林業を興し、商店街整備を進めるとしております。
こちらも継続して取り組もうとしている現状はありますが、なかなか目覚ましい進捗にはつながっていないように思えます。
既存事業など、進展している計画もある一方で、抱えていた課題の解決には、まだ至っていないということを痛感いたします。
実際に、当時のインタビューの中でも、両村が抱えている課題として少子高齢化や過疎化が挙げられており、その解決を目指しておりますが、なかなか成果にはつながっていない現状です。
また、新たにホールや図書館の整備も考えられていますが、そのような新規施設までもなかなか至っておりません。
とはいえ、行政サービスの一元化や、島としての意志の統一など、合併が久米島の発展に寄与してきた点も見逃せない事実。
ただし、同じ課題をいつまでも掲げ続けるわけにはいかないので、ときに振り返りながら、政策の是非を、目標の適正度を再確認し、新たな施策へと変化させていく必要もあります。
久米島町だけに自己責任を問うのではなく、離島の課題、町村の課題を、より大きな視点からも、一緒になって考えていきたいと思います。